韓国で麻布を織って着用し始めたのは非常に古い。遠くは三韓時代までさかのぼり、夏向きの服地として珍重されたが、冬期には向かなかった。
しかし高麗末期の1363年ごろ、文盆漸が中国から種を持ってきた木綿は、保温用の服地として申し分なかった。一時はこの木綿が流通機構の貨幣としても通用していた。
こうして韓国では麻と綿布を折る技術が発達し、昔の家庭では嫁入り前の嗜みとして娘達がこれを習っていた。ガチャッ・・・ガチャッ・・・という機織りのリズムは、2本の新劇女優山本安英の十八番芸「夕鶴」の機織り音と全く同じである。
私の母は機を織る技術が下手でもいつも糸を切らしては、祖母に叱られていた。20数年前になくなった母は、あの夕鶴のように天国へ行って、少しは機織りがうまくなっただろうか。
画・文
木丁・金龍煥
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