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<在日3世アスリート>ラガー 趙顕徳選手 2008/02/01
 
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明大から社会人トップリーグへ
ラグビー 趙顕徳

 楕円形のボールを敵陣に持ち込み、地面につけるトライの数やペナルティーゴールの数の多さで勝敗を競うラグビー。高校球児が甲子園をめざすように、高校ラガーは聖地・花園でプレーすることを夢見る。趙顕徳君(22)もその一人だった。

 大阪朝鮮中学ではサッカー部に所属していたが、高校進学後、「何か新しいスポーツをしたい」と思っていた矢先に兄の友人に勧められ、球技プラス格闘技の魅力にはまっていった。

 ポジションは走力と必殺タックルが求められるフォワード後列6番のフランカー。2年生でレギュラーの座を射止めた。

 3年の夏に高校代表に選ばれ、オーストラリア遠征が決まった。その時点では「朝鮮籍」だったが、将来のことを考え、一家そろって韓国籍に切り替えた。「感慨も葛藤も特になかった」。

 その年の冬には、大阪朝高にとって初めてとなる花園への切符を手にした。2回戦で敗退したものの、そのプレーは高校代表を指導した小村淳ヘッドコーチ(明大、神戸製鋼で主将)の目にすでに留まっていた。「一緒にラグビーをしないか」と言わせたほどだ。

 04年、ラグビー人気を早稲田大学とともに支えてきた明治大学にセレクションで進学した。縦に突進するフォワードの明治、横に展開するバックスの早稲田という対照的な戦いぶりは伝統の一戦と呼ばれ、数々の名勝負がファンの血を熱くたぎらせてきた。毎年12月第1週の日曜日に行われる早明戦は、大学の定期戦では唯一国立競技場で行われる。伝統と人気が下地にあるからだ。

 この早明戦に1年生でいきなりレギュラー出場した。重戦車と呼ばれる明治の大型フォワードの中では、181㌢、85㌔の体は決して大きくはない。体格よりアスリートとしての身体能力の高さが買われたことは疑いない。

 1923年創部の明大ラグビー部80余年の歴史の中で、朝鮮学校出身者がレギュラーを勝ち取り、国立競技場に本名を掲げたのは前例がない。相当なプレッシャーがあったと想像するが、本人は「まったく緊張しなかった」と言い切る。

 だが、明治は00年から早稲田に連敗が続き、一時期は抽選でしかチケットが手に入らず、ダフ屋までが繰り出した「黄金カード」も、今では当日券も余るほど人気に陰りが見えてきた。「明治は遠くなりにけり」と揶揄されるほどの低迷ぶりが原因だ。

 「大らかさは明治の長所でもあるが、早稲田のような緻密さも必要だ」と痛感しながら迎えた07年12月、4年生最後の早明戦は、副主将ながら頚椎負傷で欠場を余儀なくされた。

 結果は歴史的大敗だった。8連敗中の早稲田にリベンジするには大学選手権に勝ち残るしかなかったが、08年1月2日、負傷から復帰した慶応との準決勝で惜敗。打倒早稲田の悲願はついにかなわず、紫紺のジャージーに袖を通すこともなくなった。

 「試合には負けたが、明大韓文研のOB会から合宿所に差し入れをいただくなど、全国の同胞の声援は心強かった」と謝意を示す。

 自分に自信がもてるようにしてくれたラグビーは、社会人になっても続けていく。昨年、トップリーグに昇格した横河電機が就職先だ。
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