東京・浅草の雷門の前に立つと、脇を固める風神・雷神の形相に気圧される。それ以上に圧倒されるのが観光客の多さだ。さまざまな言語が飛び交う。はしゃぎ方にも「お国柄」があるようで、観光客の観察も楽しい。 だが、皆が観光客であることの証のように持っている物があった。「自撮り棒」と言われる撮影器具である。スマートフォンを固定することで、他人の手を借りなくてもお手軽に撮影出来るグッズだ。昨年から爆発的に売れ出し、「セルカ棒」と呼ぶ韓国でも人気があるという。 観光名所に行けば「写真を撮って下さい」という声がよくかかった。言葉が通じずともカメラを差し出し、軽く「お願い」の表情をすれば相手はその意を察して「OK」と応じた。旅行者と現地の人、あるいは見知らぬ旅行者同士の気持ちが通じ、触れ合った喜びに勝るものはないだろう。 自撮り棒の出現はそうしたシーンを過去のものにしてしまうのだろうか。確かに、自分で好みの写真が撮れるに越したことはない。だが、見ず知らずの人にカメラを渡すことで、思わぬ展開が待っていることもある。 以前、海外旅行中に写真をお願いされた事があった。話してみると相手も韓国人であり、2人で旅行の思い出を話し合った。また、別の旅先で美しい女性から撮影をお願いされたこともある。少しでも長引かせようと撮影に手こずるフリをしたのも今ではいい思い出だ。 たまには自撮り棒をバッグにしまい、誰かにひと声掛けて見てはどうか。異質なはずの人たちがお互いにはにかみ、気遣い合うその瞬間、同質になれたような気がする。それこそが「旅」の醍醐味と言えまいか。(U) (2015.6.10 民団新聞) |