地方本部 HP 記事検索
特集 | 社会・地域 | 同胞生活 | 本国関係 | スポーツ | 韓国エンタメ | 文化・芸能 | 生活相談Q&A | 本部・支部
Home > ニュース > コラム
サラムサラン<30> 切抜きを持った青年
 その記事の切抜きを、私は永遠に忘れない。記事の内容ゆえにではない。記事を切り抜いて大切に保管し、ポケットから取り出して見せた青年の気持ちが、何とも嬉しかったからである。

 1995年2月、尹東柱の没後50年の追悼式が、詩人の母校、延世大学で行われた。私はNHK=KBSの共同制作番組の取材で、式典の撮影に訪れた。まずはKBS側のディレクターとともに、総務課のようなところに挨拶をしたが、担当の初老の男性は、不満を露骨に口にした。

 韓国民にとって詩聖である尹東柱の番組を、なぜ日本なんかと一緒に作るのか…。KBSのディレクターも意義を説明したし、私も日本の視聴者が尹東柱を知ることの意味を語ったが、男は聞く耳を持たずで、取りつく島がなかった。

 意気消沈したまま、式典会場に入った。まだ準備中で、人の少ない中、カメラなどのセッティングを始めたが、ぎすぎすした心の傷は、癒えそうになかった。日韓の間に立ちはだかる「壁」が、他ならぬその壁を取り払おうとする取材の現場で迫ってきたのである。

 その時であった。一人の青年が私に近づき、挨拶をして、胸ポケットにしまわれた切抜きを取り出した。「この記事の方ですよね」‐。それは前年の秋、ロケを始める前に訪れたソウルで、番組制作に臨む抱負など、私にインタビュー取材した新聞記事だった。私の写真も載っていた。

 取材の際、私は拙い韓国語ながら、尹東柱の詩と生涯を通して、戦時下の韓国人の痛みを日本人が知ることができることを語り、その上で、過去への贖罪意識だけで番組制作に臨むのではなく、尹東柱は常に人生の道を示してくれる私にとっての宝のような存在であり、その詩と人への愛がすべての動機だということを述べた。

 「感動しました」。青年は語った。国境を越えて尹東柱が理解され、愛されることが、彼には嬉しかったらしい。記事を切り抜き保管して、追悼式に私が現れたら、ひと言、自分の気持ちを伝えたかったのだと述べた。

 嬉しいのは私の方であった。暗澹たる気持ちに、ぱっと光が射した。「カムサハムニダ」。私は総務課での悲しい出来事には触れず、感謝のみを青年に伝えた。式典が始まり、青年の名を尋ねる間もなく別れてしまったが、感動は長く心に残った。

 以来、日韓のことで傷つき、「壁」が近づく時、私はいつもこの青年を思い出す。希望を捨ててはいけない。すべてがノーではない。切抜きはそのことを教え、私に勇気を与えてくれるのだ。

多胡 吉郎

(2010.9.8 民団新聞)
最も多く読まれているニュース
差別禁止条例制定をめざす…在日...
 在日韓国人法曹フォーラム(李宇海会長)は7日、都内のホテルで第6回定時会員総会を開いた。会員21人の出席で成立。17年度の報告があ...
偏見と蔑視に抗って…高麗博物館...
 韓日交流史をテーマとする高麗博物館(東京・新宿区大久保)で企画展「在日韓国・朝鮮人の戦後」が始まった。厳しい偏見と蔑視に負けず、今...
韓商連統合2年、安定軌道に…新...
金光一氏は名誉会長に 一般社団法人在日韓国商工会議所(金光一会長)の第56期定期総会が13日、都内で開かれた。定数156人全員(委任...
その他のコラムニュース
<訪ねてみたい韓国の駅30...
歴史伝える赤レンガ駅舎 赤レンガの駅舎が、行き交う人々を見守っている。 韓国の鉄道の玄関、ソウル駅。1925年に竣工した赤レンガ...
<訪ねてみたい韓国の駅29...
開業100年、世界遺産の玄関 歴史ある古都の玄関には、それにふさわしい風格が備わる。韓国の古都と言えば、新羅の都、慶州だ。その玄...
<訪ねてみたい韓国の駅28...
未来都市のユニークな駅 いかにも未来的な名前のこの駅は、なかなかユニークな存在だ。まず第一に、その立地。ソウルメトロ6号線、空港...

MINDAN All Rights Reserved.