この連載を通して、しばらく朝鮮王朝と韓国時代劇の話にお付き合いください。 NHKから案内が来た。「王女の男」が今年7月からBSプレミアムで放送されるとのことだった。韓国では昨年7月からKBSで放送が始まったので、ちょうど1年の時間差がある。 思えば、当時はワクワクしながら「王女の男」を見ていた。次回があれほど待ち遠しかったドラマは、まさに「冬のソナタ」以来だった。なぜ、あんなに「王女の男」に夢中になったのか。スリル満点のシナリオ、登場人物の設定、出演陣の顔ぶれ、気のきいたセリフ、臨場感あふれる映像、挿入される音楽…。どれをとっても一級の出来ばえで、韓国時代劇の制作レベルがまた一段と上がった、と実感できたものだった。 個人的に気に入っていたのは、キョンヘ姫を演じた女優ホン・スヒョンの演技。挑発的な態度とハスキーな声がよく合っていて、きつい女性に叱られたいと思う私の屈折した願望を画面上で満たしてくれた。 もう一つ、「王女の男」を見ていて感心したのは、歴史的な大事件をストーリーの中に巧みに取り込んでいたことだ。それは、朝鮮王朝の6代王・端宗が叔父の首陽(後の7代王・世祖)に王位を奪われるという出来事だった。 首陽は、朝鮮王朝最高の聖君と言われる4代王・世宗の二男で、大変な野心家だった。本来なら王位は兄の血筋に移っていたのだが、甥(兄の息子)が1452年に11歳で即位すると、脅すような形で自分が取って代わろうとした。その動きを牽制したのが世宗時代からの忠臣だった金宗瑞で、2人の対決は朝鮮王朝の行方を左右する重大事だった。 結局、首陽は自ら金宗瑞の屋敷に乗り込んでいって彼の不意を襲って絶命させるのだが、その逸話を象徴的に描いて前半部分のハイライトにしたのが「王女の男」だった。しかも、主人公に設定したのは金宗瑞の息子(スンユ)と首陽の娘(セリョン)である(2人は実在していない)。 この男女が情をかよわせるのだが、父親が政敵同士だけに許される恋になるわけがない。それで付いたキャッチフレーズが「朝鮮王朝のロミオとジュリエット」。禁じられれば禁じられるほど恋が燃え上がるのは洋の東西を問わない。 かくして、「王女の男」はドラマ好きの女性のハートを射止めて、韓国でブームを起こした。作品の出来がいいだけに、日本で大ヒットするのも間違いないだろう。 この「王女の男」を見ていて、改めて首陽という人物に興味を持った。彼は甥の端宗から王位を奪ったのち、その甥を殺している。朝鮮王朝史の中でも他に例がないほど悲惨な出来事だが、結局は首陽が王位に上がったことによって、以後の朝鮮王朝はその血筋が脈々と1910年まで続いたのである。 稀なほど長寿となった朝鮮王朝。"非道"の首陽が果たした役割をどう考えればいいのだろうか。 康熙奉(作家) ■□ プロフィール 康熙奉(カン・ヒボン) 1954年東京生まれ。両親が済州島出身の在日韓国人2世。韓国の歴史・文化や韓日関係を描いた著作が多い。近著は「知れば知るほど面白い 朝鮮王朝の歴史と人物」(実業之日本社発行)。 龍飛御天歌 朝鮮朝・世宗大王の時代にハングルで書かれた最初の長編叙事詩。全10巻5冊。王家の先祖たちの功績を125章の歌で詠み、注解を加えた。 (2012.4.12 民団新聞) |