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サラムサラン<24> 「立原正秋」の闘い
 かつて立原正秋はたいそうな人気作家だった。「女を描いて、立原ほどの作家はいない」といった評をしばしば耳にした。だが、古都を舞台に着物の似合う女性が色恋をするような物語を、私は好きになれなかった。陶磁器や日本庭園、能など、物語を彩る美の小道具にも、趣味的なものを感じて、親しみがたく感じた。

 1980年に立原は他界してしまったが、このところ私にとってにわかにその存在がクローズアップされている。きっかけは、数年前に高井有一氏の書いた「立原正秋」という評伝を読み、立原が実は両親ともに韓国人で、金胤奎(キム・ユンギュ)という本名を持つ韓国人であることを知ったからであった。

 生前、立原本人は朝鮮貴族の流れを汲む日韓混血と語るのが常だったが、実は韓国生まれの純粋な韓国人で、父の他界と母の再婚などの事情で、日本に渡ってきたのだった。

 貴族にしても混血にしても、韓国人・金胤奎が日本人作家・立原正秋として活躍するにあたって身にまとった虚構、仮面だった。そういう立原の態度を、かつて尹学準氏は、「文学者の風上にも置けぬ、下衆な植民地人間」と酷評したことがある。

 だが「冬のかたみに」などの自伝的小説を見ていくと、尹氏の評とは位相を異にするひとりの人間の叫びが聞こえてくる。「日本も朝鮮も滅んでしまえ」という憤怒を抱えて戦時中を生きるしかなかったと、よく主人公に言わせているが、作者の本心であろう。

 国を否定し、おのれに生きる‐。国家、国民など、国の枠から離れたところで、裸の人間として、生きる力をつかむのである。それは、国を亡くし、ふたつの祖国の間に揺れながら自己の生を確立せざるを得なかった、ひとりの在日韓国人の懸命の闘いにほかならない。

 立原は日本語でのみ書き、韓国語で書くことはなかったが、私はこの人の生き方を、韓国語に殉じるように死んだ詩人・尹東柱と対で考える。外面上は正反対だが、深いところで何かが通じ合う。文字や事象に現れたものの下に、世の汚濁に染まらぬ清流をともに抱えている気がする。

 命がけの純とでもいうか、自らを十字架のようなところに追い込んでいく一途さ、潔癖主義が、ふたりを俗からかけ離し、時代に屹立した個として輝かせているのだ。 立原正秋の作品を、韓国人・金胤奎の魂の軌跡として読み返す必要を感じる。一例だが、重要なメタファーとして作品に頻出する「風」は、日本語で綴られてはいても、その心は韓国語の「パラム」なのではなかろうか。

多胡 吉郎

(2010.6.9 民団新聞)
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