ドイツの作家、ベルンハルト・シュリンクの『逃げてゆく愛』のなかで、東独の女性がこう語っている。「西の人と知り合いになること、親しい関係になることが何を意味するか、あなたたちには想像もつかないでしょうけど。それはわたしたちに別の世界を開いてくれるのよ。精神的にも、それに、これも言っていいと思うけど、物質的な意味でもね」。 東の西への憧れ。これなくしてドイツ統一はなかった。北にも南への憧れはあろう。だが、市民交流があった東西ドイツと遮断されたままの南北のそれとは比較のレベルにない。韓流ドラマが秘かに視聴され、ソウル・ファッションがすぐさま流行るとは言っても、相対的に恵まれた階層に限ってのことだ。 だからこそ、針の穴のようなところからでも「北の心」をこじ開けねばならない。そこで重要なのが地味ながら着実に届くHUMINT(人的情報)だ。その担い手として韓国には、セトミン(新たな拠点で希望を持って生きる人の意)と呼ばれる脱北者約3万人、南北双方を往来できる200万人近い中国朝鮮族のうち50万人が滞在する。 セトミンは、北に残してきた家族と骨肉の情念で接触しようとする。これに勝る力はあるまい。朝鮮族は南北の懸け橋になり得るだけでなく、セトミンと北の家族をつなぐことも可能だ。そんな有益な同胞たちの多くが差別や疎外感に苦しみ、反韓感情を隠さなくなった。 南北統一には、その推進力量を最大化する宣伝扇動力と組織力、新国家建設に見合う行政力が必要だ。しかしその前に、セトミンや朝鮮族を同志にしようとする熱情、ふだんの心配りが欠かせない。(D) (2015.10.14 民団新聞) |