地方本部 HP 記事検索
特集 | 社会・地域 | 同胞生活 | 本国関係 | スポーツ | 韓国エンタメ | 文化・芸能 | 生活相談Q&A | 本部・支部
Home > ニュース > コラム
サラムサラン<35> ある在日の風景〈下〉
 長い議論は、彼の好むところでない。即断即決を身上とする。還暦を境に、潔く事業を息子に譲った。今は日韓を往復しながら、少年野球や少女サッカーなど、両国市民の友好活動に奔走する。 そうした交流を通して、韓国に親友もできた。自分が韓国に行けば先方が飲みに誘い、先方が日本に来れば自分がご馳走する。その関係が、実に気持ちよい。

 事業には、浮き沈みもあった。バブルに乗じて稼ぎまくり、市内の一等地に豪邸をかまえた時期もある。古い土塀の表に、父祖の故郷の地である済州島の守護神、トルハンバンの石像をたてた。

 不況の波をもろにかぶり、莫大な借金を背負いこんだこともある。寝るのがやっとという狭いマンションに、数年の間、雨露をしのいだ。今はようやくそのどん底を脱し、郊外の1軒屋に穏やかに暮らす。

 それでも、盛り場では今も「顔」である。その剛毅な性格ときっぷのよさを慕うママさんたちも多い。日本人のママさんもいれば、韓国人のママさんもいる。

 酒には、めっぽう強い。何を飲んでも、酔って乱れることがない。小学生のころから、ハルメに鍛えられたお陰である。

 酔うと、きまって話す話がある。大学生の頃、いつも懐具合は苦しかった。ある日、友人と「チャリセン(小銭)」だけをもって、いきつけの一杯飲み屋の暖簾をくぐった。

 「オヤジ、今日はこれしかないねん、この分だけ飲ましとくれ」‐。酒とつまみが出た。コップが空になれば、オヤジは酒を注いだ。皿があけば、新たなつまみを出した。

 酔いの中にも、しばらくして気がついた。とっくに、支払った金額を超えている。「今日はええから」‐。オヤジが口にした。

 「人生60年、いろんな酒を飲んだけどな、あん時の酒ほど、うまかった酒はなかよ」‐。今もしみじみとそう語る。酔って話せば、目元が潤む。

 貧しかった日々に受けた人情を、彼は決して忘れることがない。そうした人の情があればこそ、人生は生きるに足ると信じている。文章など書かずとも、彼は街角の詩人である。

 一流ホテルのレストランで、高級ワインをご馳走になったこともある。それはそれで、彼が身につけたマナーではある。しかし、やはり彼と繰り出すのは、来し方の人生が詰まった町の飲み屋がふさわしい。

 ビールと焼酎をチャンポンした「爆弾酒」で、キムチと「蜂の巣」に舌鼓を打つ。そこでの最高のつまみは、彼の歩んできた人生そのものなのだ。

多胡 吉郎

(2010.10.27 民団新聞)
最も多く読まれているニュース
差別禁止条例制定をめざす…在日...
 在日韓国人法曹フォーラム(李宇海会長)は7日、都内のホテルで第6回定時会員総会を開いた。会員21人の出席で成立。17年度の報告があ...
偏見と蔑視に抗って…高麗博物館...
 韓日交流史をテーマとする高麗博物館(東京・新宿区大久保)で企画展「在日韓国・朝鮮人の戦後」が始まった。厳しい偏見と蔑視に負けず、今...
韓商連統合2年、安定軌道に…新...
金光一氏は名誉会長に 一般社団法人在日韓国商工会議所(金光一会長)の第56期定期総会が13日、都内で開かれた。定数156人全員(委任...
その他のコラムニュース
<訪ねてみたい韓国の駅30...
歴史伝える赤レンガ駅舎 赤レンガの駅舎が、行き交う人々を見守っている。 韓国の鉄道の玄関、ソウル駅。1925年に竣工した赤レンガ...
<訪ねてみたい韓国の駅29...
開業100年、世界遺産の玄関 歴史ある古都の玄関には、それにふさわしい風格が備わる。韓国の古都と言えば、新羅の都、慶州だ。その玄...
<訪ねてみたい韓国の駅28...
未来都市のユニークな駅 いかにも未来的な名前のこの駅は、なかなかユニークな存在だ。まず第一に、その立地。ソウルメトロ6号線、空港...

MINDAN All Rights Reserved.