最近の韓国時代劇の中には、朝鮮王朝時代の人物が現代にタイムスリップして騒動を起こすという設定のものが何本もある。たとえば、「屋根部屋の皇太子」や「仁顕王后の男」などである。

　このところ、「王女の男」「太陽を抱く月」という傑作が登場して時代劇が韓国でもブームになっているが、似たような設定の作品が続くと、視聴者から飽きられてしまうおそれがある。安易な企画は禁物である。

　それはさておき、もし朝鮮王朝から1人だけタイムスリップさせることができるとすれば、私なら誰を選ぶだろうか。すぐに思い浮かんだのが、6代王の端宗だった。

　端宗は、祖父が4代王・世宗で父が5代王・文宗である。ともに学識にすぐれていた王として有名だ。その血を受け継いで、端宗も文治主義の王政を行うのに十分な素養を持っていた。しかし、彼は1452年に王位を継承したものの、3年後の1455年に叔父の首陽（世宗の次男で文宗の弟）に王位を奪われて、政治的な才能を発揮することができなかった。朝鮮王朝の歴代王は27人だが、端宗ほど悲劇に見舞われた王は他にいないのではないか。

　そもそも、端宗は生まれたときから哀しみに包まれていた。彼を産んだ顕徳王后は産後すぐに亡くなってしまい、端宗は母の愛を知らずに育った。このことが端宗の人生に暗い影を落とす。

　端宗が即位したとき、彼はまだ11歳の未成年だった。こういうときに朝鮮王朝では生母が摂政をして王が成人するのを待つのだが、端宗の場合は生母がいなかったので後ろ楯を得られなかった。それが叔父の首陽につけこまれる根拠となってしまった。

　強引に端宗に譲位させて首陽が7代王・世祖となると、高官たちによって端宗の復位騒動が起きた。それが歴史上有名な「死六臣」の事件だが、それを未然に防いだ世祖は再び復位騒動が起きないように、端宗を僻地に流罪としたあげくに死罪を命じた。1457年のことで、端宗はまだ16歳だった。

　野史（正式な歴史書ではなく民間に伝承している歴史書）によると、世祖の命令で毒薬を持参した使者は、それを渡すことができず、ただ端宗の前で身を伏せるばかりだったという。それを見た端宗が意を決して自分の首に緒を結び、窓の外にいた者にそれを引っ張れと命じたそうだ。　端宗の堂々たる最期は後世の語りぐさになっているが、その遺体は放置された、と野史は伝えている。しかし、心ある者が処罰されるのを承知で丁重にとむらったという。

　端宗の話は、こうして文章に書いているだけで心が痛む。王となりながら、彼はなぜこれほどひどい仕打ちを受けなければならなかったのか。

　そんな端宗がタイムスリップできるなら、ぜひ生母の顕徳王后に一目だけでも会わせてあげたい。絵空事かもしれないが、もし端宗が生前の顕徳王后に会えれば、どんなに喜んだことだろうか。そんなふうに想像するだけで、端宗を哀悼する気持ちに少しの救いがもたらされる。

康熙奉（作家）

（2012.5.30　民団新聞）