【大阪】東大阪市教育委員会はこれまで採択してきた育鵬社版の公民教科書を9年ぶりに不採択とした。歴史も従来通り他社版を選んだ。「平和・人権・多文化共生」を大切にする教育が破壊されるのを絶対に許さないという市民有志の強い思いがオール東大阪の教科書運動という形となり、大きな原動力となった。運動の一翼を担った在日3世の丁章さん(52、詩人)にこれまでの取り組みを振り返ってもらった。
丁さんは育鵬社の教科書を次のように批判した。
「歴史・公民ともに世界で日本が最も優れた国だという優越思想を刷り込む内容であり、これでは他国と友好な関係を築く国際人には育たない。たとえば、歴史教科書には、戦前の大日本帝国を賛美し、アジア侵略の反省よりも日本の侵略行為を正当化し、擁護する歴史観が披露されている。公民では、日本国においては外国人よりも国民であることのほうが大切だという価値観で貫かれている」
丁さんは自ら経営する喫茶美術館で2012年から学習会「東大阪の公民教科書を読む会」を歴史学者の鈴木良さんと共同主催するようになった。この学習会を通して東大阪在住の市民活動や組合活動に長年携わってきたベテラン活動家と出会う。
市民有志との署名運動を皮切りにオール東大阪の市民運動が今まさに始まろうとしたとき、鈴木さんが急逝。その遺志をくみオール東大阪の教科書運動団体「東大阪で教育を考える会」(胡桃澤伸代表)を結成し、喫茶美術館を拠点に育鵬社不採択をめざしてさらなる取り組みを始めた。
丁さんは「できることはやれるだけやるという姿勢で取り組んだ」。賛同署名に加え、市内ビラ配布、駅前宣伝、市教委や市長公室への申し入れ、市役所前でのアピール行動、そして教科書集会など。
運動の結果、15年の教科書選定委員会の答申においては育鵬社が教科書候補から除外され、不採択寸前まで追い込んだ。最終的に育鵬社版が採択されたときは「政治的な不正介入があったのでは」と取りざたされたほど。
今夏の採択を前にしては民団大阪本部が東大阪市教委に直接申し入れを行い、援護射撃を買って出た。オール東大阪が市教委と市長公室に対する最後の申しれをした時には朴清副団長自らも同席した。丁さんは「これまでにない大きな力になった」と話している。
丁さんを教科書運動に突き動かしたのはなにか。それはわが子を東大阪の公立校に通わせる在日の保護者としての当事者意識だった。
「わが子を守りたいという想いです。それではなにから守るのかというと、東大阪の街を戦前にアジア侵略の罪を犯した様相へと歴史を退行させようとする勢力からです。東大阪が戦前に逆戻りするようなことがあれば、私たちや在日外国人は東大阪での暮らしが脅かされることになります。ヘイトスピーチもその歴史退行の危険な表れの一つです。そのように教科書問題も在日外国人にとっては、自分たちの平和な暮らしに関わる重要な問題です」
丁章(チョン・ヂャン)
1968年、京都生まれ。75年、父の実家の東大阪に家族で転居。国立大阪外大(現・大阪大学外語学部)Ⅱ部中国語卒業。88年、喫茶美術館開業。97年に家業(現・和寧文化社)を引き継ぐ。詩人としても活躍中。