掲載日 : [2003-12-03] 照会数 : 3379
尹達世さんが発刊…壬辰倭乱の痕跡たどる(03.12.03)
在日2世の尹達世さんが『四百年の長い道』発刊 壬辰倭乱の痕跡たどる
〞近世の強制連行〟明らかに…各地に残る逸話、史実で証明
韓国で壬辰倭乱と呼ばれている豊臣秀吉の朝鮮侵略は、日本では1592年の文禄の役、1597年の慶長の役といわれ、2度にわたって朝鮮半島を侵略した戦だった。このほど、在日同胞2世の尹達世さん(58)=民団兵庫県本部事務局長=が、壬辰倭乱の時に日本に連れてこられた被虜人の足跡をたどった『四百年の長い道―朝鮮出兵の痕跡を訪ねて』を出版した。民団新聞で長期連載した「壬辰紀行」を中心に新たに内容を加えたもの。
日本では、朝鮮の陶工を連れ帰り、有田焼や薩摩焼きを興させた、いわゆる「焼き物戦争」として知られている。しかし、数万人にもおよぶ一般庶民をはじめ貴族階級の女性や児童、僧侶などの知識人を強制的に日本に連れ帰ったとされる史実は、日本ではほとんど知られていない。
文禄・慶長の役で連れてこられた「朝鮮女性の墓が徳島にあるのを知っているか」という、酒場での日本人からの問いかけが、壬辰倭乱の痕跡を訪ねるきっかけだった。2世の尹さん自身も、多くの同胞が連れてこられた事実を知らなかったことから、以来、四国をはじめ九州、中国、近畿から関東まで、文禄慶長の役に出兵した大名の領地に残る史実の調査を始めたという。80年から23年にわたる実地調査・研究を経て、今回その一部をまとめた。
調べるに連れ、文禄慶長の役こそ、近世における強制連行である事実がわかり、「朝鮮半島から来た陶工によって陶磁器製作が発展した」と美化されて伝わる事実に、一石を投じたくて、残された様々な被虜人の足跡を丹念にたどった。「実際は、美化されてはならない侵略の歴史。陶磁器、染色、数学、医学など朝鮮半島の高い文化を持ち帰った略奪だった」という。古代の韓日交流史と近代の強制連行を研究する韓日の学者は多いが、近世の研究はほとんど進んでなかった分野だ。
調査が進むうち、江戸時代に家老になった者、大名の妻となった女性、富商と言われた者などの存在も明らかになった。悲惨な末路ばかりでなく、土地に貢献したために伝説となった者や感謝の念をもたれている者もいた。これまでほとんど知られていなかった史実だ。
尹さんはまた、400年前に日本に連れてこられた被虜人たちが、異国の中でいかに生きたかにも注目した。現在の在日同胞と経緯は違うが「異国に永住した2世として、先例として生き方にヒントがあるのでは」という視点からも史実を追った。特に、様々な生き方の中で、自らのルーツを隠さずに生きている末裔に暖かな目を向けている。ともすれば、明治以降の朝鮮蔑視の風潮の中で出自を隠す例が少なくない中に、自らの生き方を確信するかのように。
同書には、壬辰倭乱の痕跡を訪ねて、17県におよぶ43編が掲載される。女性の虜人がもたらしたと思われるパリパリ漬け、唐人豆腐、ドングリ豆腐など、今なお各地に残る食文化に関する部分も興味深い。
調査はすでに、東北にまでおよんでいる。続編に期待したい。
問い合わせは民団兵庫県本部(電話078・371・3010、担当/金)またはリーブル出版(電話088・822・3720)へ。
(2003.12.03 民団新聞)