コラム・特集 リスト

時のかがみ「25年前の日記」桑畑優香(ライター・翻訳家)

本当の友人に…いま残る宿題  「毎日4時間、韓国語を学ぶ生活。進み方は早く、まだ7日ほどだけど英語で言えば中学校の教科書を半分ぐらい終えたレベルだ」  文章の日付は、1994年10月14日。淡いピンク色の延世大学のノートに記されているのは、語学堂留学日記。そう、私が韓...

2019-10-25

趙善玉の「具材に野菜や小豆」サンファポ

 今回は「サンファポ」です。小麦粉にマッコリのようなお酒を加え、発酵させた生地に具材を入れて蒸した物です。お酒を加えて蒸す韓国餅に「チュンピョン」がありますが、具材は入りません。韓国には「チンパン」という、お饅頭のようなものがそれに似ています。  チンパンというと昔、この時期に多くの人が実家の畑に集まって、農作物の収穫を手伝って...

2019-10-25

<韓国国体特集>メダル23個…在日選手団総合準優勝の記録

 第100回を迎えた韓国の全国体育大会(国体)が10日までの7日間、蚕室総合運動場をはじめ、ソウル市内で開かれ、選手・役員約132人で臨んだ在日同胞選手団(呉公太選手...

2019-10-25

<韓国国体特集>国体100回の歴史と在日同胞出場66年の歩み

在日同胞出場66年 韓国代表輩出 国体100回の歴史 最大のイベントに  韓国国体は日帝植民地当時の1920年にソウルで開かれた第1回全朝鮮野球大会に始まり、34年から競技別でなく総合体育大会となった。記念すべき第100回大会には全国の17広域自治...

2019-10-24

<韓国国体特集>スポーツで感動共有し次世代育成に…呉公太選手団長に聞く

 「若い次世代の選手たちが目を輝かせ、真剣勝負をしている姿に感銘を受けた。スポーツは本当にすばらしい」  メモリアル大会となった第100回韓国国体ソウル大会で在日同胞選手団長を務めた呉公太氏が準優勝トロフィーを手に笑顔で語った。 ◆高校球児時代

2019-10-24

裏切られた楽園…北送60年 元朝総連幹部の証言<下>

自由奪われた帰国者たち…救いたい思い、ずっと ◆日本に残った理由  帰国事業では私だけが残り、両親と兄弟、そして近い親族も帰りました。家内の両親と兄弟も帰りました。  当時、私は教員で帰国を希望して...

2019-10-24

時のかがみ「勿忘碑」津川泉(脚本家)

ラジオと共に歩んだ生身魂  日本のお盆に当たる韓国の秋夕の終った頃、ソウルを訪れた。台風の影響で晴天に恵まれなかったそうだが、その日は夢から覚めたような秋天が、とこまでも高く澄み渡っていた。  午前11時前、地下鉄9号線の国会議事堂前駅を降り、KBSを訪ねた。  玄関...

2019-10-17

趙善玉の「鶏1羽使う滋養食」タッカンマリ

 このコラムを始めて1年半ほど経ちました。350年前の『飲食知味方』の料理を紹介し始めた時は、皆さんから「すごいですね、感動しました」という言葉をたくさんいただきました。  最近「先生の普段の料理も食べてみたい」という、ありがたい言葉もいただきます。ということで今回は、季節の変わり目で体調の不調を感じている方のために、韓国では滋養食として食され...

2019-10-17

朝鮮通信使 善隣友好の径路を歩く<32>早雲寺(小田原)

唐人町」の言い伝えに往時を偲ぶ  箱根湯本駅から須雲川に架かる弘栄橋を渡る。昨日からの雨で水量が増していた。約10分ほどで北条早雲の菩提寺である早雲寺に着いた。この寺に朝鮮通信使の扁額があるというが、新しく改築された立派な門には扁額はなかった。  私は境内に入って本堂の周りを...

2019-10-16

裏切られた楽園…北送60年 元朝総連幹部の証言<上>

目的は在日の労働力…帰国の友から 援助求める手紙  先行きの見えない「帰国運動」当時の日本の差別社会。子どもたちの将来を悲観していた在日同胞に、「同胞愛」を掲げ、「地上の楽園」だと騙したのが、金日成と御用組織の朝総連である。目をつけたのは在日の労働力だった。良かれと思って結果的に家族を生き地...

2019-10-16

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