掲載日 : [2004-07-14] 照会数 : 2552
ソウルの実験日本を刺激(04.7.14)
[ かつてのソウル市民の川・清渓川 ]
[ 復元される清渓川の未来写真 ]
清渓川復元をモデルに 東京で河川再生シンポ
ソウル市内の清渓高架道路を撤去して清渓川(チョンゲチョン)を復元する工事が順調に進んでいる。この画期的な事業をモデルに、東京の河川の復元を訴える韓日シンポジウムが15日、東京で開かれる。日本でもてはやされる韓流は、芸能面だけではなくなりそうだ。
シンポのテーマは「水辺からの都市再生取り戻そう‐川沿いの環境と賑わい」。今回のシンポを主催するNPO法人・都市環境研究会の三浦裕二会長は、10ほど前から市民レベルで起こった清渓川復元運動に注目してきた。それが予想を超える速さで実行に移されたことに驚くと同時に、ぜひ東京の河川の水辺再生を実現したいとの意を強くし、今回のシンポ開催となった。日本橋川や神田川にせめて観光クルーズ船でも通るようになれば、東京に活気が出ると期待する。その実現に向けて清渓川復元事業を見習おうというのだ。
シンポでは梁・ソウル副市長が「ソウルの川ー清渓川の変遷」と題し基調講演を行う。
14世紀末にソウルが朝鮮王朝の都となって以来、ソウル中心部を西から東に流れ、中浪川を経て漢江に合流する清渓川は、市民の川として親しまれてきた。わずか約11㌔のこの都市河川は、ソウル市の発展の陰で犠牲となったといえる。
生活排水の汚濁がひどく、50年代後半からコンクリートによる蓋をかける工事が始まり、道路と化していった。さらにはその上に首都近代化の象徴である高架道路がかけられ、かつての面影は見られなくなった。
ところが、経済発展ばかり重視してきた姿勢を反省し、ソウルを環境に優しく潤いのある街にしようと、02年にソウル市長選に立候補した李明博氏は清渓川の復元を公約にかかげた。市長就任と同時に清渓川復元推進本部を設け、梁副市長(当時はソウル大教授)が本部長を兼任した。
市民公聴会などを経て1年後に着工、2カ月間で高架道路を撤去し早々と河川の復元工事が始まっている。来年秋には完工の予定で、約6㌔の区間が自然河川に戻り、市民の憩いの場となる。市内長橋洞には広報館を置き、復元工事についての解説を行っている。
三浦会長は「97年のIMF(国際通貨基金)管理体制という体験を経て韓国人は価値観を大きく変えたように思う。近代化で得たものは効率性であったが、街のゆとりと潤いを失ったことに気づいた。強力なリーダーシップによる事業推進の速さや、合理的な合意形成システムには学ぶべき点が多い」と、100年後を見越した新たな都市づくりに感嘆する。
この事業は近代化に逆行する壮大な実験である。失うものは時間と空間の効率性であり、得るものは歴史と文化と自然であるが、多くの市民がこの事業を支持する。その理由を、今回のシンポが明らかにしてくれる。
◎韓日シンポジウム「水辺からの都市再生」=15日13時30分から、東京・中央区の銀座ブロッサム(旧中央会館)で。入場無料。
(2004.7.14 民団新聞)