
【ソウル】韓国の経済発展に貢献した朴泰俊ポスコ名誉会長の社会葬告別式が17日、ソウルの国立顕忠院で政財界の関係者約600人が参列する中しめやかに行われた。呼吸不全のため13日に死去。84歳。
朴氏は早稲田大学機械工学科に在学中に解放を迎えた。帰国後、陸軍士官学校を卒業。64年に大韓重石の社長に就任、1年後に黒字転換させた。
68年、朴正熙大統領の命を受けて浦項製鉄初代社長に就任したものの、世界銀行から「一貫製鉄所の建設は時期尚早」と反対されるなど、資金も技術もない中でのスタートだった。「失敗すれば、迎日湾に飛び込んで死ぬ」との覚悟で、作業員の先頭に立った。73年に大型高炉が完成。その後も順調な成長を続け、世界屈指の企業に押し上げた。今日、韓国が世界市場を先導する造船や自動車、家電の礎になった。
社員の福利厚生にも熱心で、当時としては最高水準の住宅団地を造成し、幼稚園から大学までを設立した。81年に国会議員に当選後、国務総理や韓日議連会長なども歴任した。
「成功要因は、冒険的な事業を推進するリーダーとして、指導力や洞察力、使命感を十分に発揮したため」(三菱総合研究所)、「冷静な判断力と不動の信念、正義感で韓国と日本の協力を成功に導いた」(中曽根康弘元首相)、「経営における不敗の名将。軍人の『気』と企業家の『魂』を持ち合わせた、経営者の手本」(李秉三星創業者)など、強烈な報国の志は内外で評価が高い。
(2011.12.21 民団新聞)