

「紀尾井 江戸 邦楽の風景」公演
当時偲ぶ伝承高麗楽…韓国楽器で初めて演奏
公益財団法人・新日鉄文化財団(東京都千代田区)主催公演「紀尾井 江戸 邦楽の風景」は、江戸の町の風景とそこに暮らす人々の姿を、邦楽を軸に美術やお芝居との関係を通して探るシリーズです。第6回は、江戸時代の民衆が大いに関心を持った朝鮮通信使を取り上げます。
朝鮮通信使とは、室町幕府から江戸幕府の終わりまで続いた使節の総称で、朝鮮王朝が日本と信義を通じるために派遣した使節を言います。江戸幕府が成立してから12回来日しました。今回取り上げるのは1711(正徳元)年に来日の第8回の朝鮮通信使です。
使節は当時、漢城と呼ばれていたソウルを出発して、陸路で釜山に向かい、船団を組んで対馬に渡りました。壱岐、赤間関(現在の下関)他を経由して、大阪を経て、京都から江戸までを陸路で進みました。その頃の朝鮮王朝では、国王や高官が外に出るときには、音楽を演奏させる規則があり、使節が通過した地域の人々は、音楽を聞き、見慣れない楽器を見て、大いに関心を持ちました。
使節は日本国内をゆっくり移動して、多くの土地に滞在し、それぞれの土地の藩から接待を受けます。国書を江戸で将軍に提出するという任務を終えると、対馬経由で戻ります。
1711年の通信使は10月に江戸に入り、11月3日に、もてなしを受けました。日本側からの使節をもてなすための音楽は、それまで能楽でしたが、1711年の回で実質的な責任者であった新井白石(1657〜1725)は、雅楽を使いました。
日本の雅楽には、奈良時代に唐から伝来した様式による唐楽(左方)と、韓半島から伝来した様式による高麗楽(右方)があります。唐楽が、笙・篳篥(ひちりき)・龍笛の三つの管楽器と、羯鼓(かっこ)・太鼓・鉦鼓(しょうこ)の三つの打楽器、箏、琵琶の二つの絃楽器が使われるのに対して、高麗楽は、篳篥・高麗笛・三の鼓・太鼓・鉦鼓を伴奏楽器とし、舞を伴います。唐楽には管絃(器楽演奏)がありますが、高麗楽にはほとんど舞楽でしか行われません。
演奏会では、それぞれから似た曲を一つずつ選んで一対として演奏します。その中で唐楽『陵王』と高麗楽『納曽利』というのは、もっとも代表的な組み合わせで、このときも演奏会の最後を飾りました。白石は、それぞれの曲の由来を書いて説明しましたので、使節団のメンバーも、特に高麗楽に感動したようです。自国から日本に伝えられ、自分の国ではもう伝承されていないという事実を知ったからでしょう。
演奏と舞い韓日コラボ
本公演はまず、聖徳大学教授・お茶の水女子大学名誉教授の徳丸吉彦氏とソウル大学教授の黄俊淵氏による朝鮮通信使についての対談で始まります。通信使が当時の民衆に与えた影響を絵画や写真、辿った経路を通して1711年の通信使を探ります。続いて、通信使が当時行っていた行進の音楽を、釜山を出立する前に行われた儀礼的な舞「剣舞」とともに、国立釜山国楽院の演奏でご紹介します。
公演後半では、日本の代表的な雅楽演奏団体の伶楽舎による『陵王』に続いて、『納曽利』を韓国国立釜山国楽院の演奏と伶楽舎の舞のコラボレーションでお楽しみ下さい。
このコラボレーションは企画段階で国立釜山国楽院と財団で打ち合わせをした際、日本に伝来した曲をまた韓国にお返しし、韓国の楽器で演奏したらどのような響きになるかというお互いの興味から実現したものです。
日本の雅楽曲を韓国の楽器で演奏するのは、今回が初めての試みです。どのような響きになるのか、日本の舞と併せてご堪能ください。
寄稿=新日鉄文化財団紀尾井ホール制作担当
「紀尾井 江戸 邦楽の風景(六)朝鮮通信使」
18・19日。いずれも開演は18時半。紀尾井ホール(東京・千代田区)。料金4000円、学生優待2000円。チケット予約は紀尾井ホールチケットセンター(℡03・3237・0061)10〜18時。日、祝日休。
(2012.7.4 民団新聞)