
「脊髄手術」で全国有数
脳と脊髄を中枢神経と呼ぶ。末梢神経から送られてくる情報を受け、それに応じて指令を発するコントロールシステムの役割を担う。そこに異常をきたすと、さまざまな障害を起こし、後遺症をもたらすと言われる。
最良治療めざす
「脊髄神経の手術は、手が加われば必ず症状が出るので、失敗は許されない」。脊髄の中の腫瘍を取る手術は累計で5000件にのぼり、日本でトップクラスだ。現在、日本脊髄外科学会の理事長も務める。
患者にとって最良の治療を行うため、脳外科だけで▽脊髄脊椎▽脳腫瘍▽脳血管障害▽脳血管治療▽機能的脳神経外科▽てんかん▽小児脳神経外科の7つに細分化されている。
「毎日早朝から会議を行い、症例の情報を全員が共有する。各専門家が協力しながら治療方針を決めていく。この強力な診療体制が患者らに信頼感を与えている」。脳神経外科教室の手術回数は年間900〜1000件にのぼり、全国でも有数だ。
東京生まれの2世。幼少のころから模型や工作が好きだった。貿易業を営んでいた父親から、「経済を学び、米国のビジネススクールで資格の取得を」とアドバイスされ、経済関連の本をよく読んだ。
ところが、高校生の時に父が肺がんで亡くなった。「最後は脳神経外科に入院。意識がなくなったり戻ったりする様子を見て、脳の科学に興味を覚え、医学の道に進もうと考えた」
東京大学医学部卒業後、81年、三井記念病院の福島孝徳部長のもとで研さんした。福島部長の推薦で、世界的に知られる米メイヨークリニックに留学。6年間、脳神経外科で研修するかたわら、89年同医科大学院の博士課程を修了。テーマは「脳血管の病体生理」で、脳血管専門のサント教授から、脳の血管や血流の障害を中心に学んだ。多数の論文も発表し、学会賞を受賞した。
90年に東大脳神経外科助手を経て、96年独協医科大学脳神経外科の准教授、99年主任教授に就任した。米国留学の体験から、専門家による分業と協力の体制を整えた。「筋骨格系は時間とともに形や機能を変える。長いスパンで考えるとともに、全脊椎をよく診ることが大切」と強調する。
韓国との交流も
韓国との脳神経外科医交流も盛んだ。「5月にサムスンから手術を見学に来るほか、ソウル大や延世大からも来校する。韓国は技術の導入が速く、学ぶ点は多い」。99年には、韓日・日韓脊髄学会の会長を務めた。
「若い脳外科医に活躍の場を与えたい」との思いから、06年、宇都宮市内に「宇都宮脳脊髄センター」(金初美センター長)を設立。今春から手術・入院施設を備えた。県からは100床分の認可を得ている。
趣味は音楽。幼少のころからピアノなどに親しんだ。昨年6月、宇都宮音楽芸術財団を設立。若く才能豊かな演奏家を支援しながら、毎月、芸術性の高い演奏会を通じて地域文化活動の振興に寄与している。「会員は約300人。大変だが、やりがいがある」
(2014.4.23 民団新聞)