
危険性 はるかに高い
成功の裏に何倍もの失敗
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たとえ藻屑になろうとも
韓国に入国した脱北者はこの4月で、2万1294人に達した。日本にもすでに、元在日同胞とその家族の脱北者200人以上が入国し、定着している。
その数の多さは紛れもなく、北韓での生活が命をかけて脱出を試みても悔いのないほど悲惨であり、針の穴ほどの希望も見えない状況にあることを物語る。
異常と思わぬ慣れこそ異常
だが、その数字は一方で、《脱北》が日常化したことを示してもいる。韓国社会や在日同胞の間でも、脱北者問題に対する当初の衝撃が薄らぎ、関心が低下してきたのは否めない。
北韓の政治犯収容所の解体や、住民の人権問題に取り組む在日同胞たちは「こうした状況は危険だ」と指摘する。増えることはあっても減ることのない脱北者の問題には、万全の対応準備と鋭敏な感覚がますます必要とされるからだ。
これとの関連で最近、人々の視線を呼び戻さずにはおかない事例が相次いでいる。脱北とは住民自らが、北韓の実態に世界の耳目を引き寄せ続ける行為でもあるのだ。
さる9月13日、男児3人を含む家族・親類9人が乗った木造小型船が石川県の能登半島沖で保護された。韓国を目指したが漂流したもので、「韓国に行きたい」と明確に意思を表明し、日本側による事情聴取を経て、10月4日には韓国入りした。
ちなみに、日本当局によれば船による脱北者の日本漂着は、1987年の福井県沖、2007年の青森県西部沖に続いて3例目である。
10月30日未明、古タイヤと板でつくった筏(いかだ)で漂流する男性1人が西海の延坪島付近で救助された。筏によるのは初のケースという。その10分後には同じ西海の大青島近海で、小型船に乗った5家族21人(10歳以下の子どもら未成年者8人)が発見された。
今年に入って、海上ルートの脱北は公表されたものだけで7件。西海が5件、東海が日本経由を含めて2件だ。海上脱北は09年が1件11人、10年が5件9人。今年に入って件数だけでなく、1件当たりの人数も増えている。
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中国に重荷の人権問題
これは、中国との国境地域の取り締まり強化によって、陸路による脱北が困難になったことから、危険性がより高いことも省みず、海上脱北を選択せざるをえなくなっていること意味する。北韓当局は、朝中国境地帯や海岸線の警備を大幅に強化し、脱北しようとして逮捕された住民を《見せしめ銃殺》するなど、脱北阻止に手段を選んでいない。これは、金正日の後継者として浮上した金正恩が、昨年に出した11・18指示によるものとされる。
10月25日には鴨緑江を越え、中国側にたどり着いた脱北者が北韓警備兵によって射殺される事件が起きた。同じような射殺事件は、これまでも度々あったとはいえ、今回は初めて、影像でとらえられた。韓国のKBSは即日、この映像を流した。
自国領への銃撃を黙認することは、誤射によって自国民に被害が出てもやむを得ないとする態度と同じである。世界に映像で伝えられたこの事件は、そうでなくとも脱北者問題で頭を痛める中国を、強く刺激せずにはおかない。
《脱北者孤児》10万人の報告
滞留する脱北者を30万人も抱えるとされる中国は、年間5000人を強制送還しているとの指摘もある。人道上これだけでも大問題なのに、米国議会傘下の「議会・政府中国委員会」はこのほど、いわゆる《脱北者孤児》が最高10万人と推定されると報告した。中国は今一つ、尾を引く重い人権問題を抱えていることになる。
同報告書は、中国内の脱北者の7割近くが女性で、9割が人身売買されているとした。そのうえで、脱北女性が強制送還される場合、中国人との間に生まれた子どもの相当数は捨てられ、中国の市民権取得を拒否されたまま、公共教育や医療など社会サービスの恩恵を受けられない、と指摘した。
国際社会の批判を浴びてきた中国は、しかし、今後とも脱北は増えると見て、徹底遮断の増えをいっそう強めている。北韓にパトロール用車両や携帯電話が発する電波の探知機を提供してきただけでは足りず、鴨緑江の下流地域にだけ敷設されていた鉄条網を、国境全域に拡延する工事に拍車をかけている最中だ。
朝中国境で双方の監視・遮断体制が強化されるだけでなく、脱北に成功しても中国に潜伏することがより困難になり、摘発されれば強制送還され、死を意味する収容所送りになるとすれば、海上ルートを選択せざるをえない。あるいは直接、地雷が敷き詰められた休戦線越えを試みるほかなくなる。
これまでも、北韓軍兵士の脱北は少なくなかった。休戦線越えが増えるとすれば、兵士が中心だろう。一般の、特に沿岸部住民にとっては今後も当分、海上ルートが優先されるはずだ。
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生活型から政治型へ
「粛清逃れ」の波が来る!?
大青島付近で救助された脱北者21人が乗っていたのは、5㌧級の木造船だった。エンジンは搭載していても、いつ故障してもおかしくない中国製の中古だ。これに、10日分ほどの水や食糧を密かにため込み、カモフラージュ用に漁網を積んで、北韓領海内で操業する中国の漁船団に紛れて南下した。
当日は午前5時頃まで潮流は南向きで、波の高さも1㍍と穏やかだった。今回の脱北成功は例外中の例外で、いくつもの幸運に恵まれた結果だと分析されている。
大青島の周辺海域の潮流は、南向きと北向きに6時間ごとに変わる。なおかつ3ノットから4ノット(時速5・6から7・4㌔)の早さであり、乗り損なえば北側に押し戻される。
船舶による脱北は通常、水・食糧が10日分、燃料の軽油は漂流に備えて15日分ほど準備する。陸路とは違って、綿密な極秘計画だけでなく、気象条件や潮流に関する知識も必要だ。
5㌧級の小型船は、2㍍の波でも転覆する可能性があるという。まさに自殺行為だ。1件の成功の裏には、出航したあげくの失敗が何倍もあり、1件の出航の影にはまた、何倍もの試みがある。
すでに韓国入りした脱北者のうち、海上からはまだ2%に過ぎない。海上ルートの脱北には数年の計画・準備が必要という。だとすれば、陸路による脱北が困難になって以降、海上ルートに計画変更した住民の脱北決行はこれから本格化するはずだ。
権力の移行期特権層も煽り
北韓のGDP(国内総生産)は、前年比で2年連続減少した(09年=前年比0・9%。10年=同0・5%)。「強盛大国」を叫んでいても、経済はじり貧状態を続けている。
北韓は独裁権力の3代世襲を公然化させ、金正日から金正恩への権力移行期にある。自らの権力基盤がまだ脆弱な金正恩が、自身の忠誠派を総動員して、高齢化した金正日忠誠派からの権力奪取を試みており、遠からず大々的な粛清作業に突入することは明らかだ。粛清の煽りを受ける特権層も続出する。これまで主流だった生活型に加えて、政治的な理由による脱北も増えると予想されている。
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過去最高ペース 直視を
韓国は大量化時代に対応
今年の脱北者数は過去最高で、年間3000人を上回るペースで推移している。韓国政府もあらゆる可能性を念頭に、対応に追われてきた。
統一部が99年に開設した脱北者の韓国定着支援センター「ハナ院」(京幾道安城市)は、当初150人だった定員を、分院を新設して1000人にまで増やした。だが、これでは足りず、7月には来年12月の完成に向け、「第2ハナ院」(江原道華川郡)の着工式を持った。一度に500人が収容可能だ。
10月28日に公開された資料から、国防部でも大規模な脱北に備えて、休戦ラインに隣接する陸軍や海軍部隊に、全10カ所の軍臨時収容所を設置していることが分かった。1施設当たり200人を収容でき、必要によって増設できるという。
施設の拡充と合わせて、脱北者に関心が薄く、冷淡とされる韓国国民の意識を覚醒させる必要がある。在日同胞も、約10万人の北送同胞とその家族(20万人ほどという)の大量脱北を念頭におかねばならない。
韓国に定着した脱北者は、北韓独裁の非道に対する告発者であるだけでなく、一部はすでに北韓の改革開放を民衆レベルで導く活動家となっており、今後の大量脱北時代に適切に対応できる有能なサポーター集団になりつつある。
いずれ、北韓地域の再興を通じて民族融和と南北社会の等質化の先頭に立ち、先進統一祖国建設の重要な一角を担う存在であることを知っておくべきだろう。
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《ロシア》も北崩壊を既定視
20年代には統一
韓国の主導が国益に
韓国のメディアによれば、ロシアで最高の権威を持つ国策研究機関「世界経済・国際関係研究所」(IMEMO)は、最近発行した特別報告書「2030年戦略的世界展望」で、北韓の崩壊を既定事実とし、韓国主導による統一がロシアの国益になると結論づけた。
この結論自体に、格別な目新しさはない。だが、ロシアは北韓崩壊という文言の使用をタブーとし、北韓の一連の軍事挑発にも擁護の姿勢をとってきただけに、崩壊を既定の事実としたのは、ロシアが立場を大きく修正したことを意味する可能性がある。国益に基づいた合理的な判断を優先させた結果であろう。
特別報告書は、12年から20年の間に起こり得る金正日から金正恩への権力委譲は、指導部中枢の方向性を喪失させ、海外に政治・経済的なコネを有する「官僚集団」と、「軍・保安部署関係者」に分裂し、主導権争いを繰り広げることで崩壊が加速すると指摘した。
混乱が増幅するなか20年代に入ると、韓国の統制下に入るまで、北韓に国際社会の監視下で臨時政府が構成され、武装解除と経済の現実化に向けた作業が本格化する。北韓経済は徐々に韓国経済に吸収され、旧体制支持者100万人は中国・ロシアに脱出するものと見られる。
こう展望しながら、韓国が主導する統一国家は、アジア太平洋地域でロシアの立地に肯定的な影響を及ぼすとし、韓半島の情勢が安定するのにともない、ロシアが極東で外交力を高め、地域協力を拡大するうえで役立つ確固としたパートナーが誕生する、と予想した。
統一韓国のGDP(国内総生産)の見通しについては、年平均成長率を統一前(2011〜20年)が3・5%、統一進行中(20年代前半)2・0%、統一最終段階(20年代後半)5〜6%とし、統一が韓国経済にとって躍進の土台になると分析した。
韓国とロシアはこの間、北韓地域にパイプラインを敷設することで、天然ガスを韓国に供給する計画を進めてきた。ロシアにとってこの構想は、極東地域の開発にプラスになるだけでなく、東北アジア地域における影響力の拡大につながる。
中国だけでなくロシアも、韓半島問題について内心では、統一より現状維持を臨んでいるとの見方があるだけに、IMEMOの特別報告書がどう反映されていくのか、来年3月のロシア大統領選挙の行方とも関連して注目したい。
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<総連>それでも《礼賛本》の学習運動
〞忍び足〟で世襲合理化も
金日成朝鮮の新世紀を謳う
総連の中央常任委員会がこのほど、「首席様誕生100周年記念図書」として「金日成主席様と在日同胞」を出版し、「各地で学習運動が活発に進行」していると、10月14日付「朝鮮新報」が報じ、北韓の「労働新聞」も28日付1面で報道した。
「栄光ある金日成朝鮮の新たな100年代が始まる民族最上最大の名節であり、強盛国家建設の偉業実現」への「一大事変」である来年の生誕100年に向け、「在日朝鮮人運動の強化発展のために、卓越した思想と賢明で細心な領導、恩情溢れる愛と慈しみを生き生きとした事実で振り返る」内容とのことだ。
総連の消息筋は、「金日成礼賛の機運を高揚させることで、組織固めと同書の販売を通じた資金集めを併行させたいようだ」としながら、「より重要な潜行課題として3代世襲の合理化がある」と指摘する。
総連社会では、金正日に批判的で金正恩への世襲には抵抗感を抱いても、金日成には愛着を捨てきれない活動家が老幹部を中心にまだ多いとされる。金日成の「偉大性」を再確認することで、2代、3代へと「革命偉業」を継承する必然性を意識に浸透させる狙いだという。
金正恩が昨年9月に、3代目として公式登場して以降も、組織内の根強い抵抗感を意識してか、総連指導部の動きは慎重だった。先の消息通によれば、さる7月9日の総連中央委員会第22期2次会議での許宗萬報告は、こう強調していた。
「金日成民族の新しい100年代とともに我が祖国は、敬愛する金正日将軍様と尊敬する金正恩大将同志をともに戴き、主体偉業を輝かし継承完成させていく栄えある歴史の新しい時代を迎えた」
「主体の信念は、父なる首領金日成主席様を永世する民族の太陽として千年万年奉り、敬愛する金正日将軍様を太陽と月の絶えるまで高く奉り、尊敬する金正恩大将同志に従い、白頭で切り開かれた主体偉業を代をついで継承完成していく鉄の意志と覚悟である」
しかし、機関紙「朝鮮新報」が掲載した許宗萬報告からは、こうした内容が削除されていた。その後、各地方本部、支部と続いた中央委決定を具体化する会議でも、金正恩に対する言及は控えめだった。
金正恩大将様奉じて奮闘を
9月中旬に、指名招集者のうち6割が参加して開かれた都内有力支部の会議では、最後の最後になって、「(金日成)誕生100年、主体100年のために、祖国では金正日将軍様、金正恩大将様を奉じて奮闘している。我々もこれに歩調を合わせて行こう」との呼びかけがあったに過ぎない。
北韓独裁に追従のみするさすがの総連にあっても、3代世襲の合理化は忍び足のようである。しかし総連には、北韓当局から金正日礼賛と3代世襲の合理化のために、キャッチボール方式で高度を上げる先頭に立つことが求められている。命がけの脱北が相次ぐ状況と「金日成主席様と在日同胞」の学習運動のギャップの大きさには目を覆いたくなる。
(2011.11.16 民団新聞)