「娯楽」と「芸術」 見事な共存
目を見張るこの20年…若手監督たちの知性が光る
少しでも映画に関わる者ならば、1990年代末からの韓国映画の隆盛には驚かされ続けているのが実感だと思う。
南北分断の悲劇をベースとしながら一級のアクション・エンターテインメント映画だった「シュリ」(99年 カン・ジェギュ監督)、重厚な人間ドラマに心酔させられた「JSA」(2000年 パク・チャヌク監督)、韓国の伝統文化を見事な映像美の中に凝縮した「風の丘を越えて」(93年 イム・グォンテク監督)などの作品が次々と日本で公開された。
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| 1946年制作「自由万歳」 |
商業主義的な大作をよそに
さらに釜山国際映画祭の驚異的な発展、映像教育の充実など、この20年間、日本ではおよそ考えられないことが、韓国の映画界では起きてきた。若者のなりたい職業のベストテンに映画監督がランクインしたというニュースを聞いたときには、驚きを通り越して羨望を禁じ得なかった。
最近は人気俳優の出演料や製作費の高騰などで、少しトーンダウンしてきたが、むしろ「クロッシング」(08年 キム・テギュン監督)や「牛の鈴音」(09年 イ・チュンニョン監督)など、韓国映画ならではの個性を主張する作品が登場してきたことに、商業主義的大作だけではない懐の深さに期待をしたいと思う。
これまで韓国映画の発展をリードしてきた韓国映画振興委員会(KOFIC)の、今後の政策にも注視をしたいところだ。いやむしろ、これまでの韓国映画の歴史自体が政府との関係の中で発展・深化してきたと言える。近年韓国フィルムアーカイブの尽力により、日本が朝鮮半島を支配していた時代、40年代に朝鮮半島で製作された映画が発掘され、DVDとして販売された。
戦火が奪った古作品の数々
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| 1961年「誤発弾」 |
さて、筆者が勤務する福岡市総合図書館映像資料課は、アジア映画専門のフィルムアーカイブであり、当然韓国映画も保存している。約50本の韓国映画を収蔵しているが、その中で最も古い作品が「自由万歳」(46年 チェ・インギュ監督)である。
この映画は独立後最初の長編劇映画であり、現存する最も古い韓国映画とされている。映画の主人公は、日本占領下で独立運動を行う人物だ。映画のラストは光復の日であり、独立の喜びに溢れる作品となっている。ただし残念ながら、この映画はラストシーンが紛失しており、完全な形で見ることができない。
そして、間もなく始まった朝鮮戦争により映画製作はできなくなり、それだけでなく古い映画のほとんどを消失するという不幸に見舞われるのである。
60〜70年代は日本公開なく
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| 1981年「曼陀羅」 |
内省的な作品独自に深化も
また平和になったことで、映画は大衆娯楽の代表となり、メロドラマの代表的作品である「成春香」(61年 シン・サンオク監督)などの作品がヒット、人気スターが誕生する。しかし軍事独裁政権の下で映画検閲は厳しさを増し、映画人は自由な映画製作ができなくなっていく。
「漢江の奇跡」と言われた経済発展の影の部分かもしれないが、そんな状況の中で「馬鹿たちの行進」(75年 ハ・ギルチョン監督)は、閉塞した文化状況を大学生達の馬鹿騒ぎの中に表現した作品だった。
同様の作品で「馬鹿宣言」(83年 イ・チャンホ監督)は、検閲を逃れるための即興演出と突飛な物語展開で、ほとんど意味不明と思える映画になった。しかしこの作品は国際的に高く評価され、筆者も80年代で最も好きな韓国映画としてはこの作品を挙げる。
また「森蒲への道」(75年 イ・マニ監督)や「曼陀羅」(81年 イム・グォンテク監督)といった内省的な傑作が生み出され、映画を撮りにくい時代の中でも監督達は映画表現を独自に深化させていった。
特にイム・グォンテク監督は、その後「春香伝」(00年)「酔画仙」(01年)などで国際的に知られる韓国を代表する巨匠となる。日本で韓国映画の存在が少しずつ知られるようになったのは、80年代半ば「鯨とり」(84年 ペ・チャンホ監督)が日本で劇場公開された頃からだ。
当時の作品は韓国ニューウエーブと言われ、「鯨とり」「ディープ・ブルー・ナイト」(84年 ペ・チャンホ監督)の両作品に主演したアン・ソンギは、今の韓流スターの先駆けのような感じで、多くの女性ファンを獲得した。それでも多くの日本の観客はこの頃の韓国映画に、ある種の古めかしさを感じていた。
1983年「馬鹿宣言」
民主化と共にタブー破って 
その後、国際的地位の向上に伴い民主化を推し進め、88年には検閲が廃止される。そして過去には描けなかったテーマの作品が登場してくる。
朝鮮戦争当時の共産党パルチザンを描いた「南部軍」(90年 チョン・ジヨン監督)や、貧しい労働者の不満を描いた「チルスとマンス」(88年 パク・クァンス監督)、ベトナム戦争に参戦した韓国軍兵士を描いた「ホワイト・バッジ」(92年 チョン・ジヨン監督)、警官の腐敗をコメディとして描いた「トゥー・カップス」(94年 カン・ウソク監督)など、新しいタイプの作品が登場し、若い観客の支持を得て、観客動員は大きく拡大する。
一方、大資本の映画界への参入により、今度は商業主義との戦い、または折り合いという新しい局面を迎えていく。
どん欲な創作意欲
98年のカンヌ国際映画祭にホン・サンス監督の「江原道の力」、ホ・ジノ監督の「八月のクリスマス」、イ・グァンモ監督の「故郷の春」などの作品が出品された。これらの監督はみな若く、作品は知的で美しく、国際的に高い評価を得た。
おそらくこの年を境に世界中の映画ファンは韓国映画に注目するようになったのではないか。同時に冒頭で述べた「シュリ」のような娯楽作品の分野でも大ヒット作が登場し、商業的にも国際的な評価においても目覚ましい成功が幕を開けるのだ。
ただし、急速な世代交代により80年代に注目を浴びた監督達の名前が聞かれなくなったのは個人的には寂しいのだが。
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| 2000年「春香伝」 |
若い監督達は日本の漫画や小説なども映画の原作とするようになった。そのどん欲な創作意欲は、むしろ日本が見習うべきものかもしれない。韓国映画の行方を今や多くの日本人が注目するようになったことは疑いようがない。
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韓国シネマフェスティバル
[会期]27日(土)まで。休館日・休映日除く。[会場]福岡市総合図書館映像ホール・シネラ 福岡市早良区百道浜3‐7‐1(℡092・852・0600)[観覧料]600円(大人)、500円(大・高校生)、400円(中・小学生)[上映作品]「ハピネス」(07年 ホ・ジノ監督)、「春夏秋冬そして春」(03年 キム・ギドク監督)、「公共の敵」(02年 カン・ウソク監督)、「シークレット・サンシャイン」(07年 イ・チャンドン監督)ほか全12本。詳しくはシネラホームページwww.cinela.com
写真協力=福岡市総合図書館
(2011.8.15 民団新聞)