
エッセイ6編を織り込んだ著者の第5歌集。第1歌集『鳳仙花(ポンソナ)のうた』、第2歌集『ナグネタリョン』などと同様、社会の差別、民族の悲しみと怒り、在日を生きることへの深い思いが作品の根底に流れている。
「さみしさのとなりあわせになにもなし13歳からたそがれていた」
三重県伊賀市(旧上野市)に生まれた著者は、小学校に上がる6歳の春に、周りの子どもたちから「チョーセン人」との洗礼を受けながら育った。中学校時代に短歌と出会う。作歌を始めたのは20歳ごろからだ。歌うことで自己と民族を解き放していく。
「デラシネに補償などなきふるさともなくて口ずさむ朝鮮の詩」
「この国に生まれて再入国許可書要る一体わたし入国したの?」
「移民から知事を生み出すアメリカの夢は太平洋を越えることなし」
日本に暮らす在日韓国人としての苦しみや怒りなどを、鋭い洞察力と批判精神で表現してきた。それは著者の内面の世界にうずいてきたもので、ぐいぐいと本質に迫る。 法的地位や人権、植民地処理問題など、戦後66年経っても解決されていない状況を憂い、日本社会のあり方を問うてきた。
「ゆすっては呼んでゆすって幾夜も幾夜も叫ぶゆめの川岸」
「父ははにキミに会いたいふとあいたいあいたくて会えなくて闇ただしろい」
最愛の家族たちを見送った。深い悲しみと募る思いのなかで、在日韓国人として生きてきた家族たちの人生を追想。「涙の数だけ想いを重ねて生きてきたのだ」。著者の心の世界に触れてほしい。
李正子著
影書房
(2200円+税)
℡03(5907)6755
(2011.10.19 民団新聞)