
韓国文化院講演「私の中の韓国」
「400年の時空」超え決意新た
豊臣軍によって420年前に連行されてきた朝鮮陶工の子孫、薩摩焼宗家・第15代沈寿官さん(53)がこのほど、東京・新宿の韓国文化院で「四百年の時空」と題して講演した。「私の中の韓国」と題した一連の文化講演シリーズの一環。約300人が耳を傾けた。
第15代を襲名したのは99年1月。当時、39歳の若さで、自らの人生を制約されることへの嫌悪と、この仕事に向いているのかという漠然とした不安を抱きながらのスタートだった。「窮屈だから、うっとうしいからよすよなんて、父を含めた先人たちにあまりにも無礼で言えない。断り切れなかった」。
襲名前から「歴代に負けないいいものをつくりたい」。そんな気負いは胸に秘めていたものの、すぐ、壁にぶつかった。何を作っても先祖の遺した技術の「いいとこ取り」だったことに気づいたからだ。一人の陶芸家として自らの感性を磨こうと、88年から2年間、イタリア国立美術陶芸学校で学んだ。90年には韓国・京畿道の金一萬土器工場でキムチ雍製作の修業に励んだ。当時は毎日、午前2時30分に工場入りする過酷な日々。「韓国人でも1週間で音を上げるというのに、日本人が3日も辛抱できるのか」と本気で心配された。
自らが韓国にルーツを持つことは幼少時から意識していた。しかし、中学生になって級友から面と向かって「朝鮮人」と言われたときは「日本国籍なのに」と、ショックを受けたという。実は差別と偏見はいまだに根強い。司馬遼太郎が朝鮮陶工の悲哀を描いた小説『故郷忘じがたく候』を発表したときにそれが顕在化した。自ら育った村の住民から、「息子の就職に差し障りが出てくる」「娘が結婚できなくなる」といった声が聞こえた。 http://spravkavspb.cc/
沈さんは、「これからも日本社会でがんばり、いい仕事をしたと評価されたい。それがルーツである韓国への自分なりの恩返し」と信じている。
薩摩焼 壬辰倭乱時に韓半島から連行されてきた初代沈寿官をはじめとする陶工たちが薩摩産出の土で造り出した。領主は技術集団としてもてなし、姓を変えることを禁じ、言葉や習俗もそれを維持するよう推奨した。
(2012.10.12 民団新聞)