
韓国・忠清南道扶余邑旧衙里の扶余中央聖潔教会増改築工事現場で、2010年に発掘された百済時代の木簡13点のうち、「442番木簡」の内容が解読された。
解読したのは、扶余郡文化財保存センターのシム・サンユク研究員とキム・ヨンムンソウル大学元講師。
長さ25・2㌢、幅3・5㌢の木簡には漢字4文字からなる文章が8つ、合計32文字が綴られていた。
「所遣信来、以敬辱之、一无所有、不得仕也(送っていただいた手紙を拝読しました。私はこの地で貧窮にあえぎ、蓄えは何一つなく、役職も得られていません)」
百済末期(538〜660年)。ある貧しい人が権力者に送った手紙形式のこの木簡には、自ら置かれた境遇についてひとしきり嘆き、役職を得られていないことを訴えた上で、突然、字の大きさを半分にし、最も重要な12文字を綴った。
「莫瞋好邪、荷陰之後、永日不忘(しかし、善悪についてとがめるのはやめてください。<『私はよい役職か悪い役職かを判断する立場にはない』との解釈も可>。恩恵を得られれば、永久に忘れません)」。結局、この木簡は役職を求める「請託」の手紙だった。
この木簡は、実際には送られなかったものとみられている。
シム研究員は「木簡の厚さが3㍉以下で、百済時代の一般的な木簡よりも薄いなどから、紙か布に綴る手紙の内容を、下書きとして木の板に書いたものとみられる」と話した。
また、役職に関する請託の手紙が送られたとすれば、受取人は直ぐ処分したはずで、発掘の可能性は低いと分析した。
(2013.5.29 民団新聞)