


日本3大祭の一つである京都の祗園祭り。山鉾に飾る織物の「懸装品」は豪華絢爛で知られ、動く美術館ともいわれている。江戸中期まで山鉾を飾ったのが、朝鮮王朝時代に作られた「朝鮮綴」と呼ぶ毛織物だ。23日までの7日間、中京区の京都芸術センターで開かれた「朝鮮王朝の美『毛綴織』展」では、公益財団法人祗園祭山鉾連合会理事長の吉田孝次郎さん(76)が半世紀かけて収集した毛綴織60点のうち、22点を展示した。韓国で現存するのは、ソウルの韓国刺繍博物館にある2点だけ。その存在すらあまり知らない。
交易の名残り懸装品
展示された朝鮮綴22点は、18〜19世紀に作られた。昨年、京都工芸繊維大学と独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所に調査を依頼し、野生のヤギや羊の毛で作られていたことが分かった。
朝鮮綴の特徴は、文様を「織り分け」、蝶や牡丹などの絵柄を墨や顔料を使って細かく描く「絵分け」の2つの技法を用いる点。描絵には竹のような硬いものを使ったという。吉田さんによると「この技法は朝鮮半島だけのもの」。世界の染織美術史にも登場しない貴重な織物だ。
朝鮮綴は両班が敷物や間仕切り、風よけなどに使ったという。250年経った今も虫食いがないと話す。朝鮮綴はほかの織物と比べてゴワゴワした手触り。硬い毛に加え、織り目も詰まっているので、虫には歯がたたなかったらしい。
展示物には、夏目漱石が大正時代に求めて自宅の居間に敷いていた同じ文様の朝鮮綴、戊辰戦争(1868〜1869年)のとき、日本の武士に贈られた朝鮮綴の陣羽織も飾られた。
また、『祗園祭山鉾懸装品調査報告書 渡来染織品の部』(祗園祭山鉾連合会)によると、「五羽鶴に鳳凰と牡丹に鵲の図・朝鮮毛綴」の裏面には『拝対馬』と墨書されている。これについて「毛綴が朝鮮王朝と交易を盛んにしていた対馬藩を介して、西国の守護に届き、これが祗園絵の区域に環流したことを暗示している」と吉田さんはいう。
不思議な魅力50年かけ研究
吉田さんは50年前、恩師からひな祭りの敷物として使っていた18世紀の朝鮮綴を譲り受けた。縦1・7㍍、横1・2㍍、山や蝶、蓬莱山が施されていた。不思議な魅力を感じて以来、50年をかけて日本全国ばかりか、パリなどにも足をのばして朝鮮綴の収集と研究を続けた。
山鉾の懸装品は、16世紀に入り、韓半島、中国、インド、中近東、欧州から輸入した染織り品で見立て、彩りを加えた。なかでも技法に加え、朝鮮王朝独自の美的感覚を備えた朝鮮綴への思いは深い。
吉田さんは同展の開催を契機に、「本国の韓国人、そして在日韓国人の人たちに朝鮮王朝の綴を知ってもらいたい」と話した。
吉田さんは、「研究後、韓国に里帰りさせることも考えている」とも明らかにしている。
(2013.5.29 民団新聞)