
40カ所で古代韓国人確認
中国・敦煌研究院の李新研究員は5日、韓国慶州市のウヤン美術館で開かれた「第2回慶州シルクロード国際学術会議」で、「莫高窟・楡林窟・西千仏洞など敦煌石窟群のうち40カ所で、高句麗・百済・新羅・高麗人が描かれた壁画を確認した」と発表した。
李研究員によると「主に仏教を素材にした敦煌の石窟壁画には、隣接各国の王や使臣、仏教信者らが多数登場するが、そうした人物の冠帽や服飾、外見などから判断して、『涅槃経』壁画7カ所、『維摩詰経』壁画29カ所、『梵網経』壁画3カ所で古代韓国人を確認できた」とした。また「最大の壁画の莫高窟第61窟の『五台山図』内で確認された韓国と関連のある『新羅王塔』『新羅送共使(新羅が送った供養の使臣)』『高麗王使』『菩提之庵』は、貴重な資料」と話した。
高さ3・5㍍、幅13・5㍍の五台山図は、仏教の聖地として有名な五台山(中国・山西省)の様子を描いたもので、五代十国時代(907〜960年)末期の作。
五台山図には、新羅と高麗が中国に送った使節団がともに登場する。新羅(359〜935年)と高麗(918〜1392年)が併存していた時期に下絵が描かれたからだ。
五台山図の右下部分にある「新羅送共使」の絵には、通訳員、使臣、2人の官員、馬方の計5人が登場する。
その左下「高麗王使」の絵には、連絡官、使臣、荷物持ちが登場する。カッ(笠子帽)をかぶり、丈が短く首周りが丸い上衣と、膝まで届く「長袍」という服を着ている。
五台山図の下部に描かれている「新羅王塔」は、新羅の王族出身で五台山で修行した僧侶が建てた。李研究員は、塔の主人公について、新羅の貴族出身で7年間唐で学び、五台山も訪れたこともある慈蔵(590〜658年)と推測した。
(2013.7.17 民団新聞)