
康煕奉著『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』が10日、実業之日本社から刊行された。
江戸時代、徳川幕府が終わる1867年までの264年間、朝鮮王国と日本は善隣関係を維持した。壬辰・丁酉倭乱(文禄・慶長の役)を起こした豊臣秀吉の死後、朝鮮王国との国交回復、善隣関係の礎を築いた徳川家康が、積極的に修好に取り組んだ背景は。
「戦乱前夜」「文禄・慶長の役」「国交回復」「朝鮮通信使」「蜜月の終わり」の5章から成っている。秀吉と家康の関係、修好回復を願う家康の本心などを説明している。
その修好に尽くしたのは、儒臣として対馬藩に仕えた雨森芳洲。「互いにあざむかず争わず」を信条にしていた芳洲に、朝鮮王朝の人々は信頼を寄せていた。冷え込んだ韓日関係に、この言葉は解決へのヒントになるかも知れない。
定価1000円+税。問い合わせは実業之日本社(TEL03・3535・2393)。
(2014.1.15 民団新聞)