


「戦争と平和」を題材にした戯曲を手がける、文学座の女優で劇作家の山谷典子さん(37)は、韓日間の深い溝を少しでも改善していくためには歴史を知ること、一人ひとりの結びつきにこそ希望を見い出せると語る。自ら主宰する演劇集団Ring‐Bong(リンボン)第4回公演では、韓日の歴史認識問題を扱った「しろたへの春 契りきな」(18〜26日、サイスタジオコモネ)を上演した。幅広い年代層の観客たちは、食い入るように舞台を見つめていた。
歴史の核心を問う
舞台が育む想像力は強い
「しろたへの春 契りきな」は、リンボンの旗揚げ公演となった「櫻の木の上 櫻の木の下」(2011年3月初演)に続く、韓日問題を扱った作品。「櫻の木の上…」は2012年5月、光州平和演劇祭に招聘され注目を集めた。
山谷さんの一貫したテーマは「戦争と平和」だ。今回の作品は、植民地時代の1942年、独立活動によって捕らえられた韓国人受刑者たちの記録写真を撮影する日本人写真技師の家族、その家族と深い関わりを持つ韓国人たちの身に起きた出来事を克明に描いた。
山谷さんは、脚本を作り上げていく時のこだわりがある。例えば「マクロのものはミクロから見る」という視点だ。「国という大きなものを書くときに国から書いたら答えが出ないと思っているので、家族、親子を通して国を見たいというのがすごく強い」。それは、現代を過去という違った角度から見ることにも通じる。
初めて戦争や「加害」というものを意識したのは中学3年生の時。自由研究で旧満州について調べていた資料の中から、教科書では見ることのなかった日本兵による残酷な仕打ちの写真を見つけた。「これは何だろうと思った。教科書には載っていないことは相当あるんだろうなというのがずっと引っかかっていた」と、当時を振り返った。
高校卒業後、文学座研究所に入所。文学座には年配の俳優も多く、戦時中の話を聞く機会が多かった。その後、文学座で行った戦争体験者からの聴き取りをきっかけに、初めてリーディングを書く。劇団の中で行ったリーディング公演は好評を得た。「本当の芝居を作ってみよう」と10年に、自身がプロデュースするリンボンを立ち上げた。
これまで、教科書問題に触れた「櫻の木の上…」をはじめ、「名も知らぬ遠き島より」では敗戦後、旧満州で抑留生活を余儀なくされた人々を、「あとにさきだつうたかたの」では原発の現実と、過去の戦争を結びつけた作品を発表。いずれも核心に迫る内容だ。「そこに触れないと本質に入れないし、前に進めないという思いは強い」ときっぱり。
光州平和演劇祭の帰り、西大門刑務所歴史館を訪ねた。日本の植民地支配下で投獄、処刑された独立運動家たちの写真が、壁一面に張られている展示室。強烈だった。
「それは受刑者に管理番号をつけて写した記録写真。私は普段から芸術写真を見るのが好きですが、私のような人間が記録写真を撮らなければならないとしたら」。そこから「しろたへの春…」の物語が生まれた。
山谷さんには在日の友人たちがいる。「彼女たちは国とか母国語に対する考え方が、私たち日本人とは全然、違う。私も彼女たちに刺激を受けて考えるようになったので、国ということを書くときは、今後も在日の登場人物を出すと思う」
「おかしくなる未来は嫌です」
山谷さんは「想像力がある人は優しくなれると思う。韓国について知らないとか、友だちがいないと、いくらでも嫌いになってしまう。でも、物語を通じてこういう人もいたかも知れない、じゃ、あの人はこう思って言ったのかも知れないというふうに考えられる。国は一つの答えに向かわせたい時、想像力を削っていく。それに立ち向かえるのは、演劇の想像力じゃないかと思っている。そこを信じたい」と強調した。
演出家の小笠原響さん(50)は「真面目に向き合っていかなければならない問題を、いつも彼女は考えている。僕は受けて立って、お手伝いできればなと心から思う」と話す。
「次世代の人たちの未来がおかしくなるのは嫌だから、自分にできることは何だろうと考えてきた。私はただ、仲良く暮らしたいだけ」という。その思いが、山谷さんの活動の原動力になっている。
(2014.1.29 民団新聞)