

韓国で日本大衆文化の第1次開放があった1998年に、CD「追想〜Reminiscence〜」韓国版が発売されるや、叙情的なメロディーで多くの若者たちから熱狂的に支持されてきたピアニスト、作曲家の倉本裕基さん(62)が韓国デビュー15周年を迎えた。99年、ソウルの「芸術の殿堂」での初公演以来、毎年続けてきた各地での演奏会は15年間で80回を超え、全席完売という人気ぶり。3月にはソウル、大田、高陽の3都市で、「追想」と題する公演を開く。
若者魅了の「アジョシ」
〞手作りの音色〟で公演80回
倉本さんはこれまでに、多くの記録を打ち立ててきた。98年からCDを発売し、01年までの総売り上げ75万枚は驚異的だ。昨年の19枚までの累計販売枚数は160万枚に上る。03年には「芸術の殿堂」で有料観客数演奏部門のトップに輝く。ちなみに歌部門1位はチョー・ヨンピルさん。これらはほんの一例に過ぎない。
観客の平均年齢は20歳。中学生時代から聴いていたという女優のハン・ヒョジュさん、イ・ヨンエさん、パク・ソルミさんら芸能界にも「癒しの音楽」ファンは多い。
韓国で活動するようになったのは、93年に韓国の輸入盤会社から打診され、外資系CDショップに置かれたのがきっかけ。「98年にCDを出したのが売れました。人気が出たのはリスナーたちのおかげ。本当にありがたい」
日本では、86年に叙情的なオリジナル・ピアノ曲を集めたCD「愁湖」(JET STREAM 〞IMAGE〟LEBEL)でデビュー以降、CD40枚以上を発売、レパートリーは200曲を超える。
だが「日本よりむしろ韓国で芽が出た」と話す倉本さんは、作曲家には本気で音楽を作る人、頼まれて綺麗に作る人の2つのパターンがあると指摘した。
「僕は美味しいものを手作りで、自分も食べたいものを人にも食べてもらいたいと思って作っている。韓国の方はそれが見抜けている」
韓国のファンたちは倉本さんのことを「優しい音楽を演奏してくれる裕基おじさんと思っている。99年に行ったときは『オッパ』と言われ、その後は『裕基アジョシ』になり、この前は小学生からはがきが来て『倉本ハラボジ』と書かれていた」と大笑い。
「これまで韓日関係について聞かれたことはなかった」という。「音楽家としてのみ接してくれる韓国の人たちに感謝したい」
韓国で絶大な人気を誇る倉本さんだが、日本では03年頃まで、その活躍を報道するマスメディアはほとんどなかった。その後、ネットの配信記事で、日本を席巻した韓流ブームと関連づけられた情報が伝えられていく。
韓流人気に組みせずに
例えば、韓国で放送された「冬のソナタ」で一度、倉本さんの許可を得ずにBGMで曲が使われたことがあった。「日本では尾ひれがついて、いつの間にか『冬ソナ』の作曲家にされてしまう。韓国のドラマや映画の曲を書いたことも、演奏したこともないのに」
ただ例外もある。倉本さんのオリジナル楽曲の「ロマンス」は、キム・ジウン監督から正式に申し入れがあり、イ・ビョンホン主演映画「甘い生活」の挿入歌として使われた。この時に演奏したのは韓国のスタジオミュージシャンだ。
世界的なオペラ歌手、スミ・ジョーさんの20周年記念ガラ・コンサートのために書き下ろした楽曲「愛の記憶」は、ドラマ「朱蒙」のために作曲したかのように報道されているがこれも誤りだ。 韓国ではほとんど、30人のオーケストラとの共演形式で演奏会を行う。倉本さんはこのオーケストラの楽譜も手がける。今後、これまでの楽曲を楽譜にして後世に残したいという。その第1弾が、1月に発売された韓国デビュー15周年記念アルバム「Scores of Piano」韓国版だ。通常版と楽譜集がセットになった限定版で、21曲(日本版は22曲)が収録されている。
最近、韓国の化粧品大手メーカー、イニスフリー社の依頼により、化粧品のCFの音楽を手がけた。3月には韓国公演が控えている。倉本さんは、この15年間を振り返り「ステージの場を多く与えてくれて、ただ感謝。これまで以上にいい演奏をしたい」と言葉に力が入った。
(2014.2.26 民団新聞)