

放鳥の兵庫から金海市へ
「定住を」熱い視線
かつてコウノトリは、韓国や日本ではふつうに見られる鳥だったが、韓日ともに1971年に絶滅してしまった。
人工飼育でともに苦闘
絶滅したコウノトリをもう一度自然に帰す‐。そんな壮大なプロジェクトが両国で進行中だ(注=基本的に種は、繁殖相手がいなくなった時点で絶滅とされる)。
日本はコウノトリを自然に帰すのに40年もかかった。1965年に野生のコウノトリを捕まえて人工飼育をするもヒナは1羽も誕生せず、ロシアから譲り受けたコウノトリで成功。人が増やして2005年に放鳥した。
この放鳥式典に、韓国からも韓国教員大学のパク・シリョン教授をはじめとする数人が出席した。いつの日か、自国でも自然に帰すためだった。私もパク教授の通訳として式典に参加し、豊岡の空を舞うコウノトリを見上げながら、母国の空を舞うコウノトリを思い浮かべていた。
韓国も苦難の連続だった。1971年、奇蹟的につがいが発見されるも、数日後に密猟者によってオスが射殺されるという悲劇が起こる。「未亡人コウノトリ」と呼ばれるようになったメスは毎年、オスを待って巣作りをして国民の涙を誘った。しかし、この最後のコウノトリも、94年に死んだ。
メスの死から2年経った1996年から韓国でも人工飼育がスタート。日本から卵でやってきたメスが2002年に初めてヒナを誕生させ、現在は約200羽にまで増えた。
実は日本の成功を語る上で、忘れてはいけないコウノトリがいる。2002年に大陸から豊岡市へやってきて棲み着いた「ハチゴロウ」という愛称のコウノトリだ。野生復帰を指導した豊岡市の元職員は言った。
「何百回、コウノトリとの共生を説いても反対した農夫が、たった一度、ハチゴロウの飛ぶ姿を見ただけで、積極的な協力者になった」
行動観察で「学びたい」
コウノトリが野外に1羽もいないなか、関係者はハチゴロウの行動をつぶさに観察することで、より実践的に計画を練り直すこともできた。
今回、日本から飛来したコウノトリは、ハチゴロウのような存在となってくれることを関係者は熱望している。果たして、このまま韓国に定住してくれるのか? 韓国中の熱い視線がこのコウノトリに注がれている。
先月18日、兵庫県豊岡市で生まれたメスのコウノトリ1羽が、同市から600㌔離れた慶尚南道金海市で見つかった。放鳥コウノトリが海外にまで行ったのは、今回が初めて。韓国では来年4月に忠清南道の礼山郡で放鳥が予定されており、大きな関心を集めている。
キム・ファン 1960年京都市生まれ。絵本作家、児童文学作家。06年『サクラ‐日本から韓国へと渡ったゾウたちの物語‐』(学研教育出版)で、第1回子どものための感動ノンフィクション大賞受賞。07年に韓国語版も。児童書『きみの町にコウノトリがやってくる』(くもん出版)、紙芝居『とんだとんだ! コウノトリ』(童心社)など、韓日で著書多数。
(2014.4.9 民団新聞)