
韓国文化財庁は7日、5年にわたる復元工事を終えて「大韓帝国歴史館」として生まれ変わった徳寿宮の石造殿を公開した。
石造殿は、大韓帝国光武皇帝(高宗の大韓帝国期の呼称)執務空間として1910年に完工した。その後、植民地時代には徳寿宮美術館、李王家美術館として、開放後は米ソ共同委員会などが会議室として使った後、国立現代美術館、宮中遺物展示館、徳寿宮管理所など、多様な目的で形を変えてきた。
事業費141億ウォン(約14億2400万円)を投じた今回の復元作業は、1898年、英国人ハーディングの設計立面図の青写真、日本の浜松市立図書館で見つかった平面図など、さまざまな考証資料と各界専門家の検証を基に行われた。
復元諮問委員である京畿大建築設計学科のアン・チャンモ教授は「石造殿は植民史観で歪められた高宗の自主的な近代化の意志が実践された建物で、大韓帝国歴史復元のひとつの道が開かれた」と評価した。
石造殿内部には竣工当時、純貞孝皇后の寝室として設計されたが、翌年に皇后が亡くなったため使用されることはなかった寝室も復元された。
(2014.11.5 民団新聞)