


絶滅から44年8羽が大空へ
「読みたいウリ絵本」を連載中のキム・ファンさんがコウノトリ放鳥式典に出席、記事を寄せた。
9月3日、忠清南道禮山郡の空に8羽のコウノトリが舞った。韓国で一度絶滅したコウノトリが、もう一度大空へと帰った瞬間だ。コウノトリの復元を推し進めてきた国立韓国教員大学のパク・シリョン教授は、大空を舞うコウノトリたちを見ながら誇らしげに微笑んだ。
野生のコウノトリは、ロシアや中国に2000〜3000羽しか生息していないとされ、国際自然保護連合(IUCN)がレッドリストで絶滅危惧種に指定している。かつて韓半島や日本では留鳥としてふつうに見られる鳥だったが、えさ場となる水田への農薬使用などが原因で韓日ともに1971年に絶滅した(繁殖相手がいなくなった時点で絶滅とされる)。
その71年、韓国で奇跡が起こる。忠清北道陰城郡でペアが見つかったのだ。ところが喜びもつかの間、数日後にオスが密猟者に殺される。生き残ったメスも94年に死に、ついに韓国にコウノトリは一羽もいなくなった。
「わが国も人工繁殖で増やし、いつの日か野生にもどそう!」
96年、韓国教員大学のパク・シリョン、故キム・スイル両教授が中心となり、ロシアとドイツから譲り受けたコウノトリで人工飼育をスタートさせるも、ひなは一向に生まれなかった。
「同じようにコウノトリの復元を目指している韓国を助けてください」 教授たちは日本の関係者に熱い思いを込めた手紙を送った。教授たちの熱意は日本の関係者の心を動かす。ソウル市と東京都の友好都市10周年を記念し、韓国のヤマネコと日本のコウノトリの受精卵が交換されることになったのだ。
99年春、両教授は訪日し、多摩動物公園から受精卵が4個入ったバッテリーつき携帯用ふ卵器を受け取って飛行機に飛び乗った。ところが、韓国の空港での検疫に手間取り、大学のふ卵器に卵が入るのは、日づけが変わってからだった。
「あとは、この子たちの命の強さにかけるしかないな」
卵には、強い生命力があった。雄雌2羽のひなが無事にかえった。
02年、待ちに待った韓国初のひな誕生は、日本から卵でやってきたメスが産む。中国、ドイツ、日本につぐ世界で4番目の成功だった。その後もメスはひなを産み続け、韓国のコウノトリが増えるのに大きな貢献をした。
05年、ロシアから譲り受けたコウノトリで繁殖に成功した豊岡市は、「兵庫県立コウノトリの郷公園」で大空へ帰した。この放鳥式典にパク教授が招かれ、日本の飼育長とともに放鳥した。これを機に郷公園との交流が盛んになる。昨年には、豊岡市の野外で生まれたコウノトリ2羽が韓国へと渡り、大きな話題となった。1羽は今もなお、韓国に住み続けている。
そして15年9月3日。「禮山コウノトリ公園」で韓国の放鳥式典があった。中貝宗治豊岡市長が韓国のナ・ソナ文化財庁長官とともにコウノトリを放鳥した。放鳥された8羽のなかの2羽は、豊岡市の郷公園から譲られたコウノトリの子孫だ。前日の国際フォーラムで、パク教授はいった。
「日本のコウノトリが韓国に飛んできたのと同じように、韓国で放鳥されたコウノトリも、日本へ飛んでいくだろう。韓国は中国、ロシア、日本の真ん中に位置し、野生のコウノトリたちの交流の場となる。コウノトリの遺伝子の多様性を保つためには、韓国がとても重要なのだ!」
韓日の自然はつながっている。両国が協力しなければ、コウノトリは守れないのだ。
(2015.9.16 民団新聞)