掲載日 : [2022-02-02] 照会数 : 2711
李卿莪詩集…安否だけうかがいます
「私」という生を問う確かな言葉
訳 ・権宅明 / 監修・佐川亜紀
1970年に初詩集を出し、昨年までに24冊もの詩集を出した詩人の初の日本語訳詩集になる。2013年に韓国で出された同名タイトルの自選詩集をベースに、いくつかの詩を加えるなどして邦訳した。
27歳で日本にて獄死した尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩『たやすく書かれた詩』に、「詩人とは天命であると知りながら」の一節があったが、李〓莪氏にとっても、生きることは詩を書くことと同義なのだろう。「私を あなたの笛にしてください」と願い(『あなたの笛』)、「あなたを眺める 我が胸の静けさからは 低いオルガンの音がする」のも(『我が胸の静けさ』)、天命であることを悟った詩人の息遣いに違いない。
詩人は女性だが、性差を超えて、人としての魂のありかを求める静かなひたむきさを身上とする。殆どの詩に「私」という言葉が登場し、その位相を確かめ、生を確実なものとするために言葉が紡がれる。妥協を知らぬ自己凝視は、生の実存そのものでもある。
面白いのは、「私」にこだわる詩が、鏡のように「あなた」と呼ぶ対象を抱えることだ。「あなた」とは、まずは恋人や夫、家族など身の周りの人物であろうが、そういう具象を超え、「主」という絶対者を想定しているのかもしれない(詩人はキリスト教信徒)。
他者と交わすこだまの響きに浴すればこそ、自己を見据える詩人の問いがいかに真剣でも、読者の胸には温かなぬくもりが残る。眠れぬ夜の闇がいかに深くとも、朝の清新な大気に爽やかさを覚えるように……。
コロナによって自己と他者との関係性が破壊されてしまった今日、この詩人の紡ぐ確かな言葉が、「私」を極め「あなた」につなぐ道しるべとなってくれる気がする。時々の潮に流されず、常に真実の言葉を求めてきた詩人だからであろう。
突拍子もないが、この人の詩を読みながら、もし尹東柱が60代70代まで生きたなら、このような詩を書いたかもしれないとの思いが胸を離れなかった。妄想であるとはいえ、草葉の陰の尹東柱も、老いてなおみずみずしい詩精神を保つ李卿莪氏も、苦笑はしても、咎めることはないだろう。
土曜美術社出版販売 1540円
評・多胡吉郎(作家)
(2022.02.02 民団新聞)