掲載日 : [2007-07-19] 照会数 : 4492
<読書>柳寛順物語 恨よりも愛を体現した烈士
3・1独立運動に身を捧げ、祖国の独立を叫び続けながら弱冠18歳で獄中死した柳寛順。「韓国のジャンヌ・ダルク」と称された寛順の13歳から最期までを綴っている。
クリスチャンホームに育った寛順は1916年、天安に赴任していた外国人牧師夫妻の配慮により、ソウルの梨花学堂に奨学生として編入することになった。
「学校に通えない子どもたちを集めて勉強させたい、そのための学校を建てたい」。教師になる夢を果たそうと勉学に励んでいたが、朝鮮総督府は朝鮮神宮建立を1920年に着工すると発表。また、東京へ留学中の李垠殿下と日本の皇族の令嬢との婚儀が噂される頃、長谷川総督の暗殺計画が発覚したことで、抗日義勇団のメンバーが逮捕されるという事件が起きた。
独立運動家の動向に神経をとがらせていた総督は、「教会を隠れ蓑に暗躍するキリスト教徒の民族主義者」と東京の留学生を特に警戒していたという。1919年2月8日、東京で留学生らが「独立宣言」を宣布。次いで3月1日、押さえつけられていた民衆の怒りが沸騰した。
故郷に帰って独立運動を先導した寛順は捕らえられ、西大門刑務所で拷問を受け続けても屈しなかった。正義を貫いた純粋さは、迫害を加える者にも改悛の情を呼び覚ましたという。
(柳大河著、新幹社、2000円+税)
℡03(5689)4070
(2007.7.18 民団新聞)