掲載日 : [2008-05-28] 照会数 : 4222
<読書>私には浅田先生がいた 在日の重みを支えた恩師
高校生ともなれば、誰もが漠然とした不安を抱え、もがき苦しむ。まして、在日であれば、しんどくても自らの出自と向き合わなければならない時期ともいえる。本書は多感な思春期、様々な軋轢と闘いながら自己実現をめざした心のひだの記録だ。
70年代前半の兵庫県立長田高校が舞台。入学式の場で目にしたのが、右足を付け根から切断し松葉ツエをついた浅田先生だった。普通ならば好奇の目を向けてもおかしくはない。
しかし、著者はなぜか、浅田先生に惹かれた。否が応でも自らの障害に向き合わざるを得ない浅田先生に、著者は在日としての自らの姿を重ね合わせたのだろう。
担任の浅田先生は著者に本名宣言を勧め、在日の重みに押しつぶされそうなときにはそっとつっかえ棒の役割を果たした恩師でもある。著者が高校生活の3年間、漂流しながらも京都大学をめざすことができたのは、浅田先生の存在なくしては考えられない。
本名に対する無理解、学校体制や父母への反発、授業サボタージュなど、高校生ならば誰もがいつかたどった道だろう。迂回しながらも、周囲に見守られ、最後は自ら信じた道を進むまでの心の揺れをつぶさに告白している。ここには、これからの時代を生きるうえで貴重なヒントがたくさん詰まっている。
(康玲子著、三一書房1300円+税)
℡03(5433)4231
(2008.5.28 民団新聞)