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掲載日 : [2002-10-21] 照会数 : 4226
前田憲二(映画監督)
近江古代朝鮮対面の旅
NPOハヌルハウス立ち上げを記念して、9月末から2泊3日で、琵琶湖一周の旅をした。参加者は15、6名だった。668年大津宮で即位したとされる天智天皇を祀る近江神宮に入る。
天智こと中大兄皇子は百済が唐・新羅の戦いに敗れたため、列島内の乱れや不安を、遷都することで逸らすことを意図した。言ってみれば、天智は百済系なのだろうか。そして和邇へと出た。
和邇は古代南部朝鮮からの鉄製産一族渡来の地とされ、琵琶湖西岸には、鉱滓(カナクソ)出土遺跡が、50カ所ばかり確認されている。その近隣の小山の嶺々には、今も発掘調査できない伽耶式古墳が遺される。
琵琶湖周辺には渡来系の古墳が密集し、湖西の地だけで1000基以上が確認されている。一体全体、古代日本は何処に存在するのか…。
高島町にバスが入ると、湖の中に朱塗りの大きな鳥居が鮮やかに屹立していた。新羅明神を祀る白鬚神社だった。
高月から北へ入ると、江戸期の文化人、雨森芳洲の出生地、雨ノ森地区。そこに「芳洲文庫」がある。
芳洲は、宝歴5年(1755)に亡くなるまでの66年間、朝鮮の知識や文化の研究に没頭。朝鮮通信使の通訳も務めた。そこで我々はやっと日本に対面できた。
そして雨のけぶるなか、鬼室集斯の墓がある、鬼室神社へと来た。彼は百済王の子孫で、天智天皇により、学問頭、今で言えば文部大臣に任ぜられた。最後に、野洲町の大岩山出土銅鐸群を資料館で見た。これは弥生期のものだが、その総てが朝鮮渡来の技術だと私は確認した。
(2002.10.16 民団新聞)
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