掲載日 : [2005-10-19] 照会数 : 35157
とっておき韓日通訳秘話《4》 矢野百合子さん(上)
[ 「視聴者の注文をもっと寄せて」と話す矢野さん ]
一拍の情報量多い韓国語…秒単位放送に冷や汗
ソウルの入管で、日本人がなんで韓国語を勉強するのと真剣に聞かれたのも今は昔。世は韓流ブームとなって、どこの語学講座でも韓国語が習えるようになった。それでも日本人の同時通訳者はまだ極めて少数で、私がここに呼ばれたのもそのお陰かもしれない。(ちなみに前回までの朴輝さんはもっと希少価値の高い男性通訳者です!)
私の守備範囲は会議・放送通訳で、メーンはNHK・BSTVの韓国ニュース番組だ。矛盾する言葉だが業界用語では生同通、時差同通の区別がある。
大きな事件・事故や会見の生中継ではリアルタイム(生)で同時通訳するが、日常のニュースなどは事前収録して通訳原稿を作り、1、2時間後の放映時に声をかぶせて出す時差同通だ。誤訳を避ける意味もあるが、それ以上に映像著作権や公共性によるところが大きい。犯罪事件の手錠や未成年者の顔にモザイク処理、残酷すぎる映像はボツ、日本での放映権を他局がもつスポーツ映像もダメ。
そんなこんなで結局は政治経済が中心になる。もっと放映時間が延びれば生活に密着したニュースもやれる。その方がもっと理解も深まるのに韓国ニュースの視聴者はなぜかおとなしい。韓国を知りたい方、韓流スターの好きな方、遠慮せずにどんどん要望を出してください。苦情の葉書はちゃんと私たちまで届きます。(笑)
さて時差同通の難しさは原稿作りにある。予備知識のない外国の出来事をわかりやすく、聴きやすい速度でと注文は果てしない。それなのに一拍当たりの情報量は韓国語のほうが遥かに多い。説明の必要な省略語も多い。「大選」は大統領選挙、「Xファイル」の枕言葉は何にしようと頭を捻りつつ、一方では容赦なく原稿を削っていく。
ニュースの世界は秒単位、原語と同時に終わらせなければ放送事故だ。大切なのはニュースのかなめとなる内容を正確に届けること。原稿作りは放送通訳の醍醐味でもあり、ジレンマでもある。
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矢野百合子(やの・ゆりこ)
1954年生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程満期退学。79年に韓国留学。82年から会議通訳。93年までは主にソウルで通訳に従事。94年からNHK・BS1韓国KBSニュース放送通訳者、現在に至る。
(2005.10.19 民団新聞)