韓国総領事館に行くため、最寄り駅からタクシーに乗った。行き先を告げて間もなく、70歳前後とおぼしきドライバーが、ミラー越しに話しかけてきた。
「お客さんは韓国の方ですか、それとも日本で生まれた方ですか」。「えっ?」。驚いたのは、韓国人であることを一発で言い当てたのもそうだが、直接的な表現ではないにしろ「在日ですか」と聞かれたからだ。大半の日本人は在日のことを知らない。韓国人だと言えばそれは、韓国で生まれた人たちのことを指す。
日本生まれだと答えると「実は私…」と言葉が堰を切ったように出てきた。約30年前、建築の仕事で半年間、韓国で暮らしたこと、ビルの基礎工事などについて専門的な説明もしてくれた。
後部座席から、楽しそうに話す彼の顔を写すミラーを見ていたら急に、韓国や中国、米国などで批判されている日本の首相、安部晋三さんの一連の発言について考えを聞きたくなった。「そうですね…」。たった一言。その場で考え込んでしまったので話を変えた。
「韓国にまた行きたいね‐」。韓国での思い出が、今も彼の人生に彩りを添えているなら嬉しい。さて、本題に入ろうかと思った途端、目的地に到着。礼を言い、下車して後悔した。
「なぜ在日を知っていたのか」。真っ先に聞くべきだった。顔や名札を見たが判別がつかなかった。「実は私…も在日です」と言いたかったのではないか、などと勝手に空想するから、もやもやが残った。
偶然、見知らぬ在日同胞と出会うのは心が震える。このときほど、「一期一会」の意味を噛みしめたことはなかった。(M)
(2013.3.6 民団新聞)