掲載日 : [2008-10-01] 照会数 : 3489
「飢餓で幼子を100ウォンで売買」 筆者、民団「記者懇」で講演
[ 記者懇で講演する張真晟氏 ]
北韓社会の不条理告発
04年韓国入り…詩集出版のため来日
民団中央本部宣伝局は月刊『新東亜』発売に先立つ9月11日、来日中の張真晟氏を定期記者懇談会の講師に招き、日本でも出版された『わたしの娘を100ウォンで売ります』(晩聲社)について話を聞いた。
張氏は金日成総合大学を卒業し、朝鮮作家同盟中央委員会に所属していた。北韓を礼賛する詩人はいても、金正日委員長個人を礼賛することができる詩人は数人ほどしかおらず、そのうちの一人だった。労働新聞紙上に金正日賛歌を掲載し、宴席にも同席したことのある30代半ばのエリート中のエリートだった。
しかし、300万人が餓死したとされる90年代後半、「最も貧しい国に、最も富裕な王がいる」不条理を満天下に暴露しなければならないとの使命感から脱北を決意し、04年に韓国入りした。
本のタイトルになった詩は、口に障害をもつ母親が「私の娘を100ウォンで売ります」と書いた紙を首にかけて、平壤市東大院区域の闇市場に立っていた状況を目撃した時のものだ。哀れな母親は泣き叫ぶ幼子を100ウォンで軍人に売り、そのお金で小麦粉パンを買うと、今まさに生き別れになる娘の口へパンを押し込み、慟哭しながら赦しを乞うたという悲惨極まりないものだ。
張氏によれば、飢餓から生命を守るために地方で自然発生的に生まれた市場は平壤にも拡大し、当局もそれを黙認した。タバコのフィルターで布団をつくるという信じがたい話や市場を徘徊するコッチェビ(物乞いをする孤児)に菓子を与えると、孤児らは歯磨き粉をねだった。「菓子は一回食べるとそれっきりだ。歯磨きを飲んだら、腐った物を食べても下痢しないですむ」という話も紹介した。
張氏は李明博政権出帆にともない、今年4月に詩集を出版、日本版の出版を兼ねた初の来日期間中は、日本の報道各社のインタビューに応じた。
この日の記者懇談会では、金正日死亡説、影武者説について、金正日の映画を作るということで、全国からそっくりさんを募集し、30代から50代まで3人が最終的に選ばれたが、影武者になるだけの器でなく、また、自分以外誰も信じない独裁者が影武者を置くはずがないと一蹴した。後継者問題では、「中国の後ろ盾がある正男が有力ではないか」と予想した。
(2008.10.1 民団新聞)