掲載日 : [2009-11-05] 照会数 : 5584
王仁博士の歌碑建立 御幸森天神宮社殿
在日と日本人が協力
1600年の韓日交流アピール
【大阪】古代の韓半島から論語や千字文を日本に伝えたといわれる百済の学者、王仁博士の歌碑が10月31日、生野区「コリアタウン」の入口にある御幸森天神宮(森田真臣宮司)社殿でお披露目された。
碑石は縦1・8㍍、横0・8㍍。歌碑にはハングルの墨書と万葉仮名の木簡、古今和歌集の書体で「難波津に咲くやこの花冬ごもり/今は春べと/咲くやこの花」という大阪の春の到来を喜ぶ「難波津の歌」を刻んだ。この歌は王仁博士が仁徳天皇の即位に際して詠んだもの。ちなみに仁徳天皇は御幸森神社の御祭神でもある。
総工費150万円。費用は王仁博士歌碑建立委員会(姜信英代表)が奔走して寄付金を募った。
除幕式には生野区内の大阪市立小、建国小、大池中学校など10校から子どもたちも参加した。御幸森天神宮氏子総代会・大東敏男会長は、「歌碑は日韓親善交流のシンボル。御幸森天神宮の名物にして皆さんに親しんでもらえるものにしていきます」と決意を新たにしていた。生野区の山田昇区長も「素晴らしい歌碑ができてうれしい」と述べた。
建立委員会代表の姜さんは「王仁博士の時代にハングルはなかったが、1600年の韓日交流の足跡を物語るシンボル」と語った。
(2009.11.5 民団新聞)