松本志代里 『韓国ドラマで学ぶ三国・高麗の歴史2013年版』編集長(キネマ旬報社)
近年、韓国でよくドラマ化される人気の時代がある。それは、新羅と百済、高句麗が三国統一をかけて覇権を競っていた時代だ。2011年には、百済の勇将の物語『階伯〔ケベク〕』をイ・ソジンが演じて話題となり、続く2012年秋、〞視聴率男〟と異名をとるチェ・スジョンが『大王の夢〜王たちの戦争』に登場、百済を滅ぼした新羅の金春秋に扮して人気を博している。朝鮮王朝を描いたドラマよりスケールの大きいロケやダイナミックな展開、華麗なアクションに視聴者は惹かれるようだが、人気の秘密はそれだけではない。三国時代の歴史ドラマの魅力に迫ってみる。
■□ 善徳女王
新羅初の女性君主
登用の妙「善徳女王」
2009年にMBCで放映された『善徳女王』は、新羅という国を初めて主題とし、女王を主役にすえた初めての歴史ドラマだった。
のちに第27代王・善徳女王となる少女トンマンの勇気や、最大のライバル・美室(ミシル)の権謀術数、新羅の親衛隊・花郎(ファラン)の美男子ぶりに注目が集まり、韓国で視聴率40%以上を獲得した。
12年の年末、慶尚道で圧倒的な支持を得て韓国初の女性大統領が誕生したのも、韓国社会における女性の社会進出と無関係ではないだろう。むろん、儒教で最も「孝」を重んじる韓国では、子供を生んだ母は大きな力をもっているが、高収入ゆえに結婚しない女性たちが〞プラチナ・ミス〟と呼ばれ始めたのは、『善徳女王』放映前夜の08年だった。
いまの韓国を如実に映して
このように、韓国の歴史ドラマには、現代の気運が如実に映し出されている。もはや『冬のソナタ』で見せたチェ・ジウの涙は、遠い幻影なのだ。
善徳女王とは632年、韓半島で初めて女性のリーダーとなった人だ。女王が世を治めた15年間は、先の王たちに比べて戦争の少ない時代だった。仏教に帰依し、芬皇寺(プヌァンサ)など多くの寺院を建立したので、国家財政を破綻に追い込んだと評する歴史家もいる。
だが一方では、護国仏教の精神を浸透させて韓半島統一の足がかりをつくったとする論もある。貴族の子弟の集まりである花郎は、忠誠心の高い精鋭部隊と伝わるが、その風習や活動はドラマでもたっぷりと描かれ、見どころのひとつだ。
善徳女王の最大の功績は、人材登用の妙だという説もある。かつての敵国、伽 の血をひく金 信を登用し、甥の金春秋を補佐させた。彼らが力を合わせて、百済を破ったことは史実に明らかである。
百済は北方民族の扶余族が漢江(ハンガン)に定着し、南の馬韓(マハン)まで勢力を拡大させて2〜3世紀頃に建国した国だ。4世紀には『史書』が編纂され、384年には仏教が中国より伝わっている。4世紀頃に国家の体裁を整えた新羅より、一歩先を行っていたのだ。
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■□ 階伯〔ケベク〕
百済の内なる崩壊
渦巻く権謀術数…民間説話にヒントの「階伯」
その百済が、なぜ新羅に敗れたのか。新羅が唐と同盟を結んだことが大きな要因ではあるが、百済の内なる崩壊を描いたのが、『階伯〔ケベク〕』というドラマだ。
百済は漢陽(現在のソウル)、熊津(忠清南道公州市)、泗 (忠清南道扶余郡)と都を遷したが、最後の都・扶余から車で20分ほど走ると、ドラマの冒頭で登場する黄山伐(ファンサンボル)の古戦場址にたどりつく。
妻子手にかけ将軍の苦悩…
ファーストシーンで、カメラは1本の大樹の陰に腰かけ、束の間の休息をとる百済最後の将軍、階伯を俯瞰で捉える。彼が寄り添う大樹は、命をかけて仕えた義慈王(ウィジャワン)なのか、あるいは、百済という大国だったのだろうか。
風に吹かれる階伯の瞳に映るのは、敵将・金 信と唐の連合軍5万の兵ではなく、懇願されて我が手にかけた妻と子供のかつての幸せな姿だったのか。敵軍を迎え討つ我が5千の兵を前に、「生きて家族の元に帰れ」と階伯は告げる。
哀しみから始まる物語『階伯〔ケベク〕』は、彼の周りの人間たちが権力にとり憑かれていく様子がじわりじわりと描かれている。階伯が仕えた第31代・義慈王は599年、百済第30代・武王の嫡男として生まれた。
ドラマでは、母親は新羅の善花(ソンファ)王女であり、百済の純血主義を掲げる貴族、沙宅(サテク)一族らが善花と王子の命をつけねらう。この母子を守りぬくのが階伯の父、ムジンで、義に生きる男をベテラン俳優のチャ・インピョが重厚に演じている。
本作の起点は、史書『三国遺事』にある「薯童謠(ソドンヨ)」という民間説話である。
人間と龍の間に生まれた百済の少年の薯童は芋を売って生計をたてていたが、美しいと評判の新羅の善花王女に会いに来る。彼は子供たちに芋を与えて「王女は毎晩、薯童と会っている」という歌を流行させる。スキャンダルに怒った新羅の真平王は娘を追放し、ついに薯童は姫を連れ帰り、百済の王となったという内容である。
イ・ビョンフン監督が05年に製作したドラマ『薯童謠〔ソドンヨ〕』がまさにこの説話から想を得ており、薯童を演じたチョ・ヒョンジェの甘いマスクがロマンティックな恋物語にぴったりで、韓日ともに人気を博した。
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■□ 薯童謠〔ソドンヨ〕
史実と創造のドラマ
「薯童謠」の王女実在?…百済王との愛の物語が人気
ドラマの『薯童謠〔ソドンヨ〕』では、善花王女は善徳女王の妹ということになっているが、実在したかどうかは定かではない。
薯童、後の武王は600年に即位すると、その2年後には新羅を攻撃している。真平王との間に数多くの戦が起こっており、彼らが姻戚関係にあったとは考えにくい。また、善花王女が建立したという弥勒寺(ミルクサ)から09年、「石塔に舎利を奉安したのは、沙宅(サテク)氏出身の王后」と記された遺物が見つかり、説話を裏付けるものはなかった。
だが、この百済の王と新羅の姫の愛の物語は、ずっと人気が高く、その伝説にまつわる扶余の宮南池(クンナムジ)には、多くの人が訪れている。
一方、ドラマ『善徳女王』には、善花王女は登場しないが、新羅人が書いた新羅の書『花郎世紀(記)』にのみ記されている人々が登場する。
「三国史記」にわずかな記述
『花郎世紀』は高麗時代の史書『三国史記』にその一部が引用されているが、原本はいまだ発見されていない。1995年に出てきた『花郎世紀』の抄本(真偽のほどは議論継続中)によれば、「色供之臣(王に色を供する臣下)」であった美室が、ドラマにおいても妖艶なファムファタールの役割を担っている。
美室は善徳女王の祖父・真興王の妃であり、多くの男性とも関係していて、美貌と智略でもって善徳女王の前に立ちはだかる。史実では善徳女王が即位したのは45歳頃と考えられ、美室は亡くなっている。だがドラマでは、善徳女王ともども、お肌のきめを保ったままだ。
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■□ 「大王の夢〜王たちの戦争」(全80話予定)KBS World(スカパーch791/ch656、ケーブルTV、IPTV)で絶賛放送中▽本放送【水・木】22:05〜23:15▽再放送【土・日】22:55〜深夜00:05 詳細:http://www.kbsworld.ne.jp =CKBS
三国統一なって
おなじみの顔「大王の夢」
『大王の夢〜王たちの戦争』は、KBSの「三国時代英雄伝」の3部作、『百済の王 クンチョゴワン(近肖古王)』『広開土太王‐こうかいどたいおう‐』のトリをつとめる作品である。
だが、先の『善徳女王』とは、登場人物がほぼ重なり、ユ・スンホとオム・テウンが演じた金春秋と金 信を、『大王の夢』では、チェ・スジョンとキム・フンスが演じている。
初番、金春秋と金 信は雨の降りしきるなか、剣を交えてにらみ合っている。ドラマ『階伯』で、階伯が金 信に敗れた後の世界だ。 信は春秋に、「三国統一の夢を忘れたのか、新羅の民を唐の奴隷にするのなら、私の手で王座からひきずりおろす」と詰め寄る。対する鬼の形相の春秋は、いずれ唐を駆逐してやる、と決意を見せる。
金春秋は、善徳女王の姉・天明王女を母にもつが、父の金龍春が廃位された第25代・真智王の息子であったことから、先の第24代・真興王の王妃、思道太后からうとまれていた。また金 信も、母は真興王の姪ながら、父が伽 の末裔であることから、同じく新羅では生きにくい。
本作では、この想定外の2人が、韓半島の統一のために唐と結び、660年には百済を滅ぼし、668年の高句麗滅亡を目前にするまでが描かれる。金春秋と金 信は、『三国史記』に記録が残る2人ゆえ多くの作品に登場しており、善徳女王や階伯など、おなじみの歴史人物も含め、どの角度から照射され、どのように違った像を浮かび上がらせてくれるのか、期待が高まっている。
『韓国ドラマで学ぶ三国・高麗の歴史』2013年度版 1400円+税。問い合わせはキネマ旬報社(℡03・6439・6487)マーケティング部 |
■□
歴史を学ぼう
作品を見比べて 想像して
このように、史書にのっとっていようと、大胆な解釈をしていようと、歴史ドラマのファンは、歴史の正当性を審議しているわけでは無論ない。
歴史ドラマであれ、一番にエンタテインメントの創造性を味わっているのだ。大好きな歴史人物がどんな風に描かれるのか、作品を送る側の主観的な歴史観を受容し、さまざまな作品を見比べて楽しんでいる。
三国時代の作品は、とりわけ史料が限られるが、それゆえに送り手の創造力が発揮されたドラマが多く、視聴者の想像力をかき立たせ、おもしろく見られている。
戦争の多い三国時代のドラマだが、勝ち負けが問題ならば、スポーツを見たほうがてっとり早くスッキリとする。30話以上の長丁場のドラマを無我夢中で見る人たちは、登場人物の心情に寄り添って、彼らの葛藤を追体験しているのだ。
なぜ戦を起こしたか、戦をどのように避けたのか、なぜ勝たなければならないのか、どうして負ける道を選んだのか……。そんな今に通じる問いを人々が反芻し、自問自答しているように思えてならない。
『韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史』シリーズを4年続けてこられて思うのは、逆説的な言い方かもしれないが、史実を学ぶことを目的としている人は少ない。むしろ、隣国や友を知るきっかけとして利用されている。歴史に学ぶとは本来、そのようなことなのではないだろうか。
松本志代里(まつもとしより)株式会社キネマ旬報社で韓流書籍や雑誌の編集長を務める。1968年奈良県生まれ。神戸大学教育学部卒業。学生時代に在日作家の演劇や文学、韓国映画に影響を受け、韓半島の文化に親しむ。映画監督のマネージャーなどを経て、04年より同社にて韓国コンテンツを紹介。1200本以上の韓国ドラマのデータを掲載した『韓国テレビドラマコレクション2013』『韓国ドラマで学ぶ朝鮮王朝の歴史2013年版』が好評発売中。
(2013.1.1 民団新聞)