地下鉄8号線の山城駅で降りバスに乗り換えると、ハイキング姿の客で混み合い空席もなかった。秋の好日、平日とはいえ紅葉見物に訪れる客が引きも切らない。ソウル中心部から南東に20㌔、南漢山城は市民たちが自然に触れる憩いの地だが、今から400年近く前、国の命運を揺るがす絶体絶命の危機に見舞われた。 1636年12月、中国東北部を根城に...
【宮城】民団東北地方協議会は22日から3日間、宮城本部会館で全国初の次世代活動者研修会を開催した。宮城、福島、青森、山形、岩手の東北5県と北海道の20代から40代の青・壮年活動者47人と各地方本部の役員合わせて60人余りが参加した。5テーマの講演と3回にわたる班別討論を通じて、東北地協のネットワーク拡大と自主的なイベント開拓で活性化を図っていくことを...
「国家再建の礎となる」67年前の決意に学ぼう 済州市朝天邑新村里に「新村 圭訓先生顕彰碑」が建立され、開天節の10月3日、除幕式が執り行われました。式典には先生の遺族代表である4男の明鉉氏、地元住民や在日新村親睦会の会員をはじめ、禹瑾敏知事や愼久範前知事ら内外の来賓など300人が参席されま...
仁川国際空港よりソウル市内に向かうバスから何度となく目にし、気になっていた。漢江ぞいの小山の頂上に、オベリスクのような塔が見える。400年以上も前に日本と関わりのあった場所であることを知らずに、通過する観光客も多いことだろう。 幸州山城。豊臣秀吉の誇大妄想的な野望から朝鮮に侵攻した壬辰倭乱(文禄の役)の折、朝鮮軍と秀吉軍が戦い...
朝起きると、窓の向こうに青い海が広がっていた。慶尚南道統営市、かつて忠武市と呼ばれた港町だ。いずれもある武将の記憶をその名に留める。忠武公李舜臣。豊臣秀吉が起こした壬辰倭乱の際、水軍の将として秀吉軍を苦しめ、国を救った英雄である。 名将の輝ける戦歴の中でも大勝利として語り継がれているのが、1592年7月の閑山島海戦である。釜山上陸から3カ月...
中国朝鮮族の故地 延辺自治州を訪ねて代継ぎ自負心育む…漢族の進出で危機感も発祥の地・龍井 朝鮮族同胞の民族意識は強烈だ。私が会った同胞たちは40歳から60歳前後の4世や5世の飲食店やホテルの女性オーナーたちだが、誰もが朝鮮族として生...