掲載日 : [2021-04-14] 照会数 : 4985
<書評>ぱくきょんみ詩集「ひとりで行け」生き抜くための言葉
[ 栗売社 2000円 ]
評・佐川亜紀(詩人)
「ホンジャ カラ/ホンジャ カラゲ//ひとりで行け/ひとりで行くんだ」。この冒頭の詩句は、先の見えない人生を生き抜くための呪文のように響く。民主化闘争や災害で故郷を出て異郷に行かざるをえない人々への励ましにも聞こえる。
『ひとりで行け』は、ぱくきょんみの第5詩集だ。作者の表現の軌跡は、多彩である。英米モダニズム詩に親しみ、リズムに軽快さと明るさがある。明るさの中に、痛苦と孤独がこめられている。言葉の語感や身体感覚は、優れて個性的だ。
本書では、韓国済州島出身である父の来歴に向き合っている。1948年、済州島で統一を求める島民たちに対する大弾圧、4・3事件が起こり、数万人の住民が虐殺された。在日韓国人には、4・3事件ゆえに日本へ渡った人々が多い。「母をふり返る。頭の上の荷物を片手で押さえながら、もう一方の手で『行け、行け』と母は合図する」。子を生かすために、母は、「ひとりで行け」と異郷に送り出した。
1978年夏、初めて父と娘が一緒に韓国を訪れた時の作品「ハングゲ」は、第1詩集『すうぷ』にも収録されていて表現が斬新だ。「とても和やか/とても嘘」「とてもつらい目/かたらない/しゃべっている口/ばかにしてはいけないよ」。やさしく簡潔な言葉で、語れない真実を差し出す。後年の作品「ハングゲ 二〇一七年」は長文をふくみ、声があふれる。
「春は 声/ときに 遅れて届いても/ひとの 根っこを息づかせる」。遅れて届いた声は人間の根をよみがえらせる。「ここは、生者と死者が等しい重みで、生きているところ」。無数の傷が残る土地で生者と死者がともに生きる。
詩「一反のオモニ」では、弔いの多い島に暮らした母は、「この世の汚泥になじむ 一反の麻布」であり、この世とあの世をつなぐ布だとイメージされている。
言葉はモンスターだが、モンスターに挑むのも言葉だと、ぱくきょんみは詩作を続けてきた。
日本の支配の残滓がもたらした朝鮮半島の南北分断。済州島の過酷な歴史は日本に多くを問いかけている。
ひとりひとりが本質的に自ら考え、行動することが求められている時代に勇気と覚悟を与えてくれる詩集である。
(2021.04.14 民団新聞)