

【長崎】大韓赤十字社は3月20日、長崎市の長崎平和公園内にある「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」周辺で韓国の国花、無窮花(木槿)の植樹行事を実施した。
今回の植樹は、民団長崎本部、在外同胞庁、日本赤十字社、長崎県、長崎市など関係機関と協力して実施したもので、慰霊の象徴として無窮花を植えることで、追悼の思いを形に残すことを目的としている。
民団長崎本部は、無窮花植樹に関する行政手続きの調整や今後の管理などに協力。姜成春団長は「無窮花の花言葉は強い精神力。核兵器のない世界平和の願いを我々世代が強い精神力で次世代につないでいければと思う」と述べた。
大韓赤十字社の関係者は「慰霊碑に植えられる無窮花が犠牲者への追悼の象徴となるとともに、韓日両国が平和に向けて共に歩んでいくメッセージとなることを願っている」とコメントした。
在外同胞庁アジアロシア同胞課の呉恩兒事務官は「私たち同胞の痛ましい歴史を記憶し、慰めるこの場にご一緒できたことを大変意義深く思う」と述べた。
長崎県福祉保健部の新田悌一部長は、「ここに植えられる木槿が、原爆により尊い命を奪われた韓国人犠牲者の皆さまの御霊を追悼するため訪れた人々の祈りに寄り添う象徴として、この場所に根付いていくことを心から願っている」と述べた。
2021年11月に長崎市の平和公園の一角に「長崎原爆同胞慰霊碑」が建てられた。慰霊碑は1970年、広島に建立されたが、長崎には建てられなかった。
長崎にも「慰霊碑」をと94年に民団長崎本部が建立の動きを見せたが、方式や敷地確保問題が重なり、進展がみられなかった。
11年に韓国原爆被害者協会と駐福岡韓国総領事館が長崎市に平和公園内の建設場所の提供を要請し、建設事業が本格的に進められた。13年には民団長崎県本部を中心に建設委員会が構成され、建立へ動き出した94年から、実に27年を経てようやく実現した。
建立された慰霊碑前には「太平洋戦争末期には本人の意思に反して労働者や軍人・軍属として徴用・動員される事例が増え、長崎県在住同胞は約7万人、そのうち長崎市とその周辺地域に約3万5000人を数えた」とし、「1945年8月9日、長崎市上空で爆発した原子爆弾は約7万4000人の尊い命を奪った。数千人から1万人と推定される、わが同胞たちも亡くなった」との説明文が韓国語、日本語、英語の3カ国語で記述されている。