8月4日に地雷が爆発。韓国軍はその6日後の10日、地雷は北韓軍が埋設したとする調査結果を発表、報復措置として直ちに、拡声器による対北宣伝放送を11年ぶりに再開した。北韓国防委員会は14日、地雷爆発事件は韓国側による「謀略とねつ造」とする談話を発表、関与を否定した。
20日、北韓軍は二度にわたって韓国側を砲撃。韓国軍も即時対応、北韓側に7倍の砲弾を撃ち込んだ。北韓はさらに、韓国軍が48時間以内に宣伝放送を中止し、拡声器を撤去しなければ軍事行動に出ると警告。金正恩第1書記は前線部隊に、21日から「準戦時体制」に入るよう命令した。
その21日、北韓の金養建党書記(統一戦線部長)が「事態収拾」のための緊急協議を金寛鎮大統領府国家安保室長に提議。同日、韓国側が国家安保室長と軍総政治局長、もしくは統一部長官と統一戦線部長による協議を修正提議。北韓側は22日、国家安保室長・統一部長官と総政治局長・統一戦線部長による2+2会談を再修正提議してきた。
韓国側がこれを受け入れ、同日午後6時半から板門店で協議を開始。全体会議が4回、代表だけによる協議10回、実務者による協議10回を経て25日午前0時55分、共同報道文を発表。協議時間は延べ43時間とされる。
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「遺憾」初めて明文化
合意順守も繰り返し表明
非武装地帯の韓国側で、北韓が仕掛けた地雷が爆発、韓国軍兵士2人が負傷した事件によって高まった軍事的緊張は、南北高位当局者による協議が妥結したことで収束し、離散家族の再会、当局会談の早期開催、民間交流の活性化など南北関係改善への可能性をも開いた。
「共同報道文」(別掲)を吟味すれば、北韓のこれまでの強硬一辺倒の交渉スタイルからは考えにくい、異例な結末になったといって過言ではない。
要求ほぼ通す
合意6項目のうち、3項の「拡声器放送の中断」を除いた5項目のすべてで韓国側が要求を通した。北韓の唯一の目的である拡声器放送の中断を盛り込んだ3項でさえ、非正常な事態が発生すれば再開するとの但し書きがつき、今後とも対南挑発の抑止力とする意思を明確にした。
地雷挑発の責任を認めない北韓にとって、もっとも受け入れがたかったのが2項だ。事実上の謝罪と見なせる「遺憾」の表明である。もっとも、北韓の国防委員会政策局が「遺憾」は「お見舞い」の意であって、謝罪ではないと強調する報道官談話を発表(2日)してはいる。だが、表現の穏やかな児戯に等しい弁明に終わった。
統一部の「南北高位当局者接触の結果 解説資料」(25日付)によれば、北韓が南北韓の合意文書に「遺憾」を明記したのは初めての事例とされる(別掲寄稿参照)。
北韓にとって「準戦時体制」の解除は言うまでもなく、1・5・6項の受容に抵抗があったわけではない。このレベルの合意は過去に何度もあった。しかしこの間、北韓は韓国側の対話呼びかけを無視してきただけに、急転直下の妥結は「遺憾」表明と合わせ、主導権が韓国にあったことを強く印象づけた。メンツにこだわる北韓にとってこれも屈辱だったはずだ。
だが、北側代表の黄炳瑞軍総政治局長や金養建統一戦線部長は25日以降も、合意順守と南北関係改善への意思を明らかにしている。金正恩第1書記も28日、「(合意を)重要視して豊かな結実に変えていかねばならない」と強調した。さらに興味深いことがある。
ソウルで開かれた韓国国防安保フォーラムセミナー(27日)で、国防部幹部が核兵器使用の兆候が見えれば承認権者を除去する「斬首作戦」に言及した。承認権者とは金正恩であり、北韓が総力をあげて死守しなければならない「最高尊厳」だ。
抑制トーン続く
しかし、金統一戦線部長は同日、平壌を訪れた韓国経済人に、「合意文のインクも乾かないうちに『斬刑』という言葉を使えるのか」としながらも、「我々は離散家族問題も慎重に考えている。約束したことはすべて履行し、破ることは絶対ないので、南側も合意がよく履行されるよう努力して欲しい」と語った。さらに、「金国家安保室長と洪統一部長官にこうした意を伝えてほしい」と念を押している。統一部が31日明らかにした。
また、対南窓口機関である祖国平和統一委員会の報道官は3日、朴槿恵大統領が韓中首脳会談で北韓の地雷挑発に言及し、平和維持における中国の建設的な役割に謝意を示したことを、「執権者までが北南合意の精神に抵触し、時代の流れに逆行する無責任な発言をためらわないのは、北南関係の日程を分からなくする非常に深刻な事態」と非難した。
しかし、一方で「(合意が)誠実に履行され、関係改善と朝鮮半島平和の新たな環境がつくられることを全民族がひたすら願っている」とも強調し、離散家族再会にも期待を表明した。
報道官のこうした発言は、朝鮮中央通信記者の質問に答える形で行われた。つい最近まで「悪魔」呼ばわりしていた朴大統領を「執権者」と呼んでもいる。北韓は今のところ抑制されたトーンを見せている。
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失地回復へどう出る
「瀬戸際」の本領 これから
韓国では今回の南北合意を「勝利」と受けとめる空気が強い。合意履行の試金石とされる秋夕(今月27日)を機にした離散家族の再会問題は、7〜8日の南北赤十字実務接触で日程が決まり、第一関門は開きそうな展望にある。
だが、離散家族再会の突然のキャンセルもあり得るだけでなく、予定通り実施されたとしてもその後の南北交渉は紆余曲折の連続となろう。北韓の瀬戸際交渉戦術を4段階に分けて想定し、注視する必要がある。
第1段階は、韓国の本音をつかみ、自己のペースに引き寄せる事前準備だ。声明・談話合戦などを行い、自己の立場強化に向けて韓国世論をかく乱・誘導する。従北勢力を総動員するのは言うまでもない。会談の不成立、交渉決裂を辞さず、責任転嫁の布石を打っておく。この基調はその後の段階でも維持される。
第2段階は交渉での主導権掌握だ。韓国が後手に回るよう先手を繰り出し、自らの内心は見せず、相手の考えを最大限に引き出す。武力による威嚇、会談決裂への脅迫、誹謗中傷など心理戦を展開し、韓国内の政治葛藤をあおり、代表団の立場を弱める。
第3段階では、自らの固執してきた原則的立場を、韓国が受け入れたかのように既成事実化し、これを合意事項として迅速な公式化手続を迫る。
交渉妥結後の第4段階では、合意事項を都合よく拡大解釈し、合意内容を変質させる。合意事項の実質的な履行より、「合意の精神」を全面に出し、自分たちの一方的な解釈を相手側に強要する。
早くも布石打つ
今後の交渉に向けての第1段階は、北韓指導部の発言や談話に見るように、すでに始まっている。北韓の韓国向け宣伝サイトが31日、「たとえ人工衛星を打ち上げたとしても(長距離ミサイルの発射)、これを口実に、せっかくできた南北関係改善に冷水を浴びせないことを望む」と「事前警告」したのもその一環だ。
8・25合意で韓国に押し切られたかっこうの北韓は、第2・第3段階で、失地回復のためにも懸命にぶつかってこよう。韓国の各種制裁措置の解除を求め、年3000万㌦の収入が見込める金剛山観光と、1億㌦は下らない鉱水産物の対韓移出の再開をめざす可能性が高い。
第4段階の合意精神の強調、一方的解釈については、早くも片鱗を見せた。祖国平和統一委報道官の「(8・25)北南合意の精神に抵触」したとの発言がそうだ。金統一戦線部長は平壌を訪れた韓国経済人に「ビラと拡声器は何も違わない。拡声器放送をしないと合意すれば、融通性をもってビラ散布も中止すべきだ」とも述べた。これもその範疇に入る。
北韓はこれまでと同じく、8・25合意についても都合のいい、拡大解釈で臨んでくるだろう。統一実現外交を本格化したい韓国には、8・25合意を南北関係前進への突破口にしようとするあまり北韓の術中にはまることのないよう、硬軟両様の姿勢が望まれる。
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共同報道文(全文)
南北高位当局者接触が2015年8月22日から24日まで、板門店で進行された。
接触で、南側の金寛鎮国家安保室長と洪容杓統一部長官、北側の黄炳瑞朝鮮人民軍総政治局長と金養建朝鮮労働党中央委員会書記が参加した。
双方は接触で、最近、南北の間で高潮した軍事的緊張状態を解消し、南北関係を発展させていくための問題を協議し、次のように合意した。
1、南と北は南北関係を改善するための当局会談をソウルまたは平壌で早い時日内に開催し、今後、諸分野の対話と協商を進行することにした。
2、北側は、最近、軍事境界線非武装地帯の南側で発生した地雷爆発で、南側軍人が負傷したことに対し、遺憾を表明した。
3、南側は、非正常的な事態が発生しない限り、軍事境界線一帯におけるすべての拡声器放送を8月25日12時から中断することにした。
4、北側は準戦時状態を解除するようにした。
5、南と北は、今年の秋夕を機に離散家族再会を進め、今後も継続するようにし、このための赤十字実務接触を9月初に持つようにした。
6、南と北は、多様な分野での民間交流を活性化するようにした。
2015年8月25日
板門店
(2015.9.9 民団新聞新聞)