掲載日 : [2016-06-08] 照会数 : 5070
サラム賛歌<8>共に暮らす村 共につくる
[ 「野の花の咲く村」の入り口 ]
「野の花の咲く村」鄭相五さん
京畿道安城市の郊外にある「野の花の咲く村」を訪ねた。車は入口の駐車場に置くようにという看板があって、住宅に続く道は舗装されていない。子ども用の自転車が無造作にとまっているのが、なんだか微笑ましい。村の中を車が通らないから、子どもたちは安心して遊べるのだろう。
この村を作った鄭相五(46)さんは、コビーズ建築施工共同組合の所長を務める建築家だ。
構想は10年前にスタートしたという。無医村で奉仕活動を行っていた若い医者の夫婦が、田舎暮らしを実践しようと、周りに声を掛けた。薬剤師や学校の先生など、賛同する友人たちがいた。建築家の鄭さんもそのメンバーとなった。鄭さんの娘が、まだ妻のお腹にいたころだった。
メンバーは月に一度集まって意見交換し、親睦をはかりながら夢を膨らませていった。土地探しや家作りの構想を共に練った。
一軒ずつバラバラに設計して施工するより、同じ材料を使ってまとめて作る方が、建築コストも下がる。共に暮らす村を、共に作る作業だった。
そうして、3年前に10戸が入居した。見知らぬ土地で新しい暮らしを始めるのは勇気のいることだが、仲間が一緒ならば心強い。
「韓国では全国民の50%が都市に住み、全国民の50%がアパート(マンション)暮らしです。一人でなんでもできるアパートというシステムは、周辺の人との関係をどんどん遠ざけてしまう。このままでは、私たちが少し前まで持っていた、共にあることの記憶を喪失してしまうのではないかと、危惧していました」
一人ひとりが部屋にこもるアパートでは、親子の関わりも薄くなる。家には家族同士の集まる空間を作り、村には別の家族と一緒に集まる空間を作りたいと、鄭さんたちは考えた。
ここでは一軒一軒に塀がなく、庭もつながっている。村の真ん中には、それぞれの家よりも広い共有スペースのマウル会館がある。会館には大型テレビや卓球台、広い台所や寝室もある。ときには一緒に食事をしたり、大人たちが会議をしたりもする。来客を泊めることも可能だ。
「この村で、テレビがあるのは3軒だけです」と、鄭さんは笑う。だから子どもたちは、マウル会館で一緒にテレビを見る。年齢の異なる子ども同士が、仲良く遊ぶ。お互いに、どの家に何本スッカラ(匙)があるかまで知っている。まるで一昔前の、情緒あふれる暮らしがここにある。
芝刈り機やバーベキューの道具などは共同出資で、より高品質の物を手に入れた。子ども服や靴は、大きい子のお下がりを小さい子がもらう。大人同士も自分の着ない服や使わない物を持ち寄って交換する。
異なる職業を持ち、経済的には独立しているが、物や時間を共有するゆるやかな共同体。農業を営む近隣の農村とは一線を画す。しかし子どもたちが近くの小学校に通いながら、地域も少しずつ活気づいてきた。 「だれもが、隣人と仲良く過ごすことを幸せだと思うでしょう。一緒にお酒を飲み、本を貸し借りして、話し合う人がいる町。私は都市の中に、そんな町を作っていきたい。重要なのは家という形態ではなく、他人との関係性です」
鄭さんは、幸せな暮らしを作る建築家だ。
戸田郁子(作家)
(2016.6.8 民団新聞)