掲載日 : [2019-04-17] 照会数 : 8967
時のかがみ「いつかone fine day」桑畑優香(ライター・翻訳家)
[ テル(藤岡正明=右)は亡くなった妻(入来茉里=左)のことをしばしば思い出す。(上演は4月21日まで) ] [ 宋元燮さん ]
国や人種を超えて人の心うつ演劇を
鳴りやまぬ拍手に、スタンディングオベーション。8人の役者たちは、3たびアンコールに応え、何度も深く礼をした。
4月11日に東京・シアタートラムで初演を迎えたミュージカル「いつかone fine day」。妻を亡くした保険会社勤務のテル(藤岡正明)が、交通事故に遭い植物状態となった盲目の女性エミ(皆本麻帆)から示談を勝ち取るよう上司から命じられ、病院に向かうが、当然エミは無言のまま。だが、うっかり病室で眠り込んでしまったテルが目覚めると、昏睡状態のはずのエミが目の前に現れて……という物語だ。
一見ファンタジータッチかと思いきや、8人の登場人物に重ねて描かれるのは、マイノリティー、貧困、若者の夢など。「今の日本で逃れられない問題をエンタメという甘味料を使って食べやすくすることを考えた」という演出家・板垣恭一さんによる、笑いの要素もふんだんに交えた、「社会派エンタテインメント」作品だ。
実は、本作は韓国映画「ワン・デイ 悲しみが消えるまで」が原作となっている。そのきっかけを作ったのが、『いつか』のプロデューサー、conSept代表の宋元燮さんだ。2017年に韓国で映画が公開された時に観たら、「頭の中で音楽が鳴り始めた」。映画のイ・ユンギ監督とはもともと知り合いだったため、すぐに電話して、版権を買いたいと伝えたという。
「世の中から拒絶されている人の苦痛。それに歌詞を乗せて表現できたら、心情的にマッチするんじゃないかな、と」
ソウル生まれの宋さんは小学1年生から3年間、父親の仕事で東京で暮らした。
「日本の学校ではチョンと呼ばれ、韓国に戻ったら今度はチョッパリと呼ばれました」
ジレンマを感じる中、心の居場所を見つけたのが、日本の文化だった。小学校高学年の頃には、趣味で「キン肉マン」などを翻訳。高校の時にサザンオールスターズやX JAPANがアンダーグラウンドで流行すると、友だちのために歌詞を訳したりも。延世大学在学中は北野武や伊丹十三の映画の世界に引き込まれ、卒業後、広告代理店勤務を経て、1998年に東京に留学。ところが、憧れていた日本映画の世界は当時どん底で就職先がなく、演劇の世界やオペラ団体でビザをつなぎながら経験を積んでいった。
その後、映画会社での制作などに関わったのち、「映像も舞台も企画したい」という思いが募り、2016年に映像と舞台公演制作を専門とするプロダクションconSeptを設立した。昨年10月には新宿でミュージカル『深夜食堂』を上演し、好評を博した。
「大切にしているのは、日韓の懸け橋にと気負うことではなく、周りの縁」と宋さん。
「演劇は国や人種など関係なくやれるジャンルだと思います。社会の中でこの劇が一つの媒体となって、いいスパイラルを生む。その中の一個の点になればいいと考えています」
(2019.04.17 民団新聞)