あれほど群れ飛んでいた赤とんぼも、すっかりいなくなりましたね。でも、どこかにいってしまったのではありません。命をまっとうしたのです。注意深く山道や野原を歩いてみてください。もう動かなくなってしまった彼らを見つけることができるはずです。
いまからちょうど90年前の1925年、韓国最初の近代的児童文芸誌である『オリニ』に、当時14歳の少年だったチョン・ジョンチョルが書いた「チェンア」という詩が掲載されます。『オリニ』は、日本における大正時代の『赤い鳥』と比較される文芸誌。チョンの「チェンア」は、その文学性が高く評価されて当選したのでした。
「チェンア」という詩は、野原で死んだ一匹のとんぼを見て書かれた詩です。今回は、その詩を絵本にした『とんぼ』を紹介しましょう。
ちょっと、待って! トンボの韓国語は「チャムジャリ」のはずなんだけどなぁ? 「チェンア」というタイトル(原題)を見て、あれっ? と、首をかしげた方もいらっしゃることでしょう。わたしもこの絵本と初めてであったとき、どうしてチャムジャリじゃないの? と、疑問を持ったひとりでした。
実は「チェンア」は、トンボを意味する方言なのです。するとまた、いったいどこの方言? と知りたくなってしまいますよね。調べておどろきました。ソウルの方言! 東京弁がみな標準語ではないように、ソウルの言葉もすべて標準語ではないのですね。
さて、内容です。
「野原でトンボが死にました。お花のしたで死にました。アリがとむらいをはじめます」
秋の野原。死んだ一匹のトンボに向かって、つぎからつぎへとアリがやってきて、トンボを小さなかけらに「分解」していきます。
詩人のチョン・ジョンチョルはその様子を、「たるらん たるらん」という言葉で表しました。これは亡きがらを火葬場や埋葬地まで送るときに鳴らす、韓国の伝統的な鈴の音です。
これに絵をつけた画家のイ・グワンイクはその様子を、トンボの亡きがらが色とりどりの多くの「小さな丸いかけら」になっていく絵で表しました。しかもジャガイモ、ダイコン、消しゴムなどで判を押す技法を使い、命のぬくもりをも伝えたのです。
色とりどりの丸いかけらたちは、離れたりくっついたりしながら、やがては、お花のような形になっていきます。そしてラストの場面では、トンボの死が、野原の花が大きく咲くのを助けたことを自然と気づかせてくれるのです。
この絵本は、韓国の出版社、チャンビが企画した「ウリ詩シリーズ」のひとつとして08年に出版されました。詩の発表から83年を経て、新しくよみがえったのです。
絵本を読んだ中学生が、つぎのような感想文を出版社に寄せています。
「死はとても悲しくて、死ねばどうなるのとたずねて泣いたりもした……。死ねばどうなるのと、こわがっている子どもたちがこの本を読めば安心できるんじゃないかな。心配を軽くしてくれると思う」
めぐりめぐる命のつながりを、「とんぼの死」をつうじて表現した美しい絵本です。
キム・ファン(絵本作家)
(2015.10.14 民団新聞)