壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で朝鮮水軍を率いた名将、忠武公・李舜臣の鳴梁(ミョンリャン)海戦(全羅南道。1597年、わずか12隻で330余隻の豊臣水軍に対抗)を素材にした映画『鳴梁』が韓国における映画興行記録を大幅に塗り替えている。関連商品が人気を呼び、太極旗や独島グッズも売り上げを大きく伸ばし、近年にない「愛国ブーム」を醸成中だ。セウォル号沈没惨事が広げた自虐意識が「強い、国とリーダーシップ」を熱望させた証と評されている。一方では、劇中で悪役に描かれた人物の子孫が制作者側を名誉毀損で告訴する事態も生じた。『鳴梁』が照らし出す韓国社会の今を見る。
人格教育の一環にも
沸く特需「愛国」を後押し
7月30日に全国公開された『鳴梁』は、ハリウッドの大作『アバター』(09年)が樹立した最多動員記録(1362万4328人)を公開18日目にしてあっさり抜き、興行収入でもこの日、韓国映画で初めて1000億ウォン台に乗せた。観客動員数(9月8日で1700万人を突破)も興行収入も前人未到の街道を快走中だ。
恩恵は出版界にも広がっている。12年3月に出版された原作小説『鳴梁』、『孤将』(原題「刀の歌」)のほか、非小説分野の『増補校勘完訳・乱中日記』なども販売量が前年同期比で3倍以上増えた。
関連商品も特需に沸く。水軍の出撃場面を盛り込んだブロック玩具は映画公開後、販売量が60%以上伸び、亀甲船や板屋船(軍船)の組み立てキットも人気だ。全北・益山市の農協が4月から発売した「李舜臣将軍米」の出荷は、デパートや大手スーパーからの注文も相次いで30%増とか。ウリィ銀行が光復節を記念して売り出した「韓国サラン・鳴梁定期預金」は、1日で1000億ウォンを集めるなど一躍人気商品になった。
「李舜臣ブーム」は「愛国ブーム」をも後押ししている。門扉用や自動車用、あるいは室内用の太極旗をはじめ、太極をデザインしたステッカーやブレスレット、ネイルアートまでが好評だ。ある通販サイトの担当者によれば、8月の太極旗関連グッズの売れ行きは前年同期比で70%のアップという。
また、太極旗や独島をデザインしたノート、筆箱、消しゴムなどの文房具、独島の模型を取り付けた貯金箱も人気が再燃し、壁掛け用などの「韓国全図」の売り上げが8月に入って前年同期比で80%近く伸びた。
李舜臣将軍は尊敬される歴史的人物で不動の1位にあり、映画、テレビ、書籍の別なく不滅のコンテンツでもある。それがかつてない規模のブームになった背景には、セウォル号沈没惨事があらわにした国家的、社会的欠陥、特に高位者たちの指導力不足に対する不信や失望、長引く経済不況への不満があいまって、自己犠牲をいとわず国難を克服する強力なリーダーシップへの渇望があるとされる。
「将たる者の義理は忠にあり、忠は民に向かわねばならない」との信念を体現し、謀略にはまって李舜臣を苛む国王に「臣にはまだ12隻の船があります」と告げ、330隻を超える豊臣軍に対抗したリーダーシップに観客は涙したという。
『鳴梁』の観客の過半は40代を中心とする家族連れだ。この映画に「エデュテイメント」(エデュケーション〔教育〕+エンターテインメント〔娯楽〕の合成語で、教育効果を持つ娯楽の意)の役割を期待してのことと見られている。
事実、年配者の感想が兵法の大家である李将軍の戦略・戦術の卓越性に偏るのに対し、反抗心が強く何かと深刻な問題を引き起こす中学生たちが感じ入ったのは将軍の人柄だった。
国会の人格キャンプで行われた『鳴梁』の試写会に参加した約80人の中学生からは、「軍船が海流に巻かれ命の危機に陥った李舜臣将軍を、小舟に乗った民衆が命がけで救った。将軍が民衆から尊敬されていたからだ」「敵の大将船は一番後ろにいるのに、李将軍は一番前で戦った。率先垂範しなければ負けていたはず」といったコメントが目立ったという。
セウォル号惨事が指導層の人格の欠如を浮き彫りにした後だけに、若者たちが真のリーダーシップ、真の実力とは人格から生まれる、と得心することになれば、韓国社会にとって大きな資産になるだろう。その資産を早期に最大化するために既成世代、なかでも指導層が李舜臣精神に向き合う必要が声高に叫ばれている。
「悪役」の子孫が告訴
映画『鳴梁』の大ヒットは一方で、悪役として描かれた楔将軍の子孫らが制作者側を告訴する事態を生んだ。将軍が李舜臣の暗殺を企み、亀甲船を全焼させた悪人に仕立てられたのは、歴史的事実に反する名誉毀損であり、子孫らの人格権を侵害したとしている。
英雄を際立たせるために悪役を仕立てる手法はフィクションの世界では一般的だが、どこまで許せるのか、論争を呼ぶことになりそうだ。韓国には家門ごとに先祖の業績を称え崇拝する「門中史学」があり、小説・映画など創作物に対しても先祖関連訴訟が絶えない。これらは作家への圧力となり、創作意欲を失わせてきた。自国の歴史小説は書かず、中国に素材を探す作家が少なくないともされる。
(2014.10.8 民団新聞)