掲載日 : [21-07-07] 照会数 : 2206
性犯罪被害と匿名性…不安解く手立て様々に
Q
高校生の娘が下校途中の夜道で見知らぬ男に刃物で脅されてわいせつ行為の被害に遭いました。帰宅した娘の姿を見た夫が110番通報し、男は逮捕されました。男を二度と近づかせないよう、娘の匿名性を保護しながら、できるだけ厳しい処罰を求めたいのですが、親として何ができますか。
A
110番通報の時、私服の警察官がパトカー以外の車で自宅に臨場するといった配慮はありましたか。
性被害者のプライバシーは、警察の初動段階からマスコミ発表やその後の捜査・裁判の手続きに至るまで、できる限り保護されなければなりません。
他方、逮捕された男には容疑に対する防御や弁護のために被害者の名前を含めた情報を知る必要があります。容疑者段階では無罪推定の保護を受けるからです。
ところで、娘さんの身体や着衣などに犯人の痕跡が付着しているので警察官が臨場するまで現状保存できていましたか。ただ、そこまで冷静沈着な対応ができないことがほとんどです。
さて、逮捕後、釈放されないまま警察と検察の取り調べを受けるなど捜査が尽くされて余罪がなければ、遅くとも23日後には強制わいせつと銃刀法違反の容疑で起訴するかを検察官が決めます。
その間、裁判所が逮捕状などの書類に被害者を特定するため名前を記載する取り扱いになっており、男には警察、検察、弁護人などから読み聞かされたり見せられたりして知る機会が与えられています。
この点、性被害の場合、被害者の安全を守るために匿名にする運用がされていますが、えん罪防止のために裁判官が名前を明記するよう求めることもあります。匿名化に向けた法改正の動きはありますが、現時点で娘さんのプライバシーが100%守られる保証はありません。
捜査の途中、検察官を介して、容疑者の弁護人から被害弁償や示談の話が持ちかけられることがあります。弁護人は、示談金の支払と引き換えに被害者から「寛大な処分でよい」という一筆をもらい、検察官を説得して男を起訴猶予してもらうのです。
被害者が厳罰を求めて示談の申し入れを拒否することも多いのですが、示談の申し入れをした事実があれば、刑事裁判で男の罪を少しでも軽くできるかもしれないので弁護人は男の謝罪文を読んでほしいなどの働きかけをしてきます。
これに対して、被害者にも弁護士などの専門家の支援が受けられる制度があります。警察や弁護士会が案内している犯罪被害者支援センターに連絡して、無料相談、マスコミ対応、示談交渉や損害賠償請求(民事訴訟、損害賠償命令制度の利用)の代理、刑事裁判への被害者参加など刑事手続きの代理と付添を依頼することができます。
◆専門家の支援制度も
依頼した弁護士に娘さんの匿名性を確保してもらいながら、被害弁償と加害者に対する処罰を実現できる方策を取ってみてください。
検察官が男を起訴すると、いよいよ刑事裁判が始まります。男はその前に保釈金を積んで保釈されているかもしれません。男が否認して争う姿勢のときには、裁判が始まっても保釈されていないこともあります。いずれにしても、娘さんもご家族も裁判の先行きに不安でしょう。
そこで、裁判所では、犯罪被害者への配慮と保護を図るため、娘さんが証言することになっても、心情の安定のために付添の人がいてくれたり、ご家族が見守れるように優先的に傍聴席を確保してもらったり、男から見えないようにパーテーションなどで遮蔽したり場合によっては別室でビデオ画面を介する方法が準備されています。
また、刑事裁判に検察官と並んで親御さんが参加して、男や証人に質問したり、求刑意見を述べたりする手続きもあり、その手続き代理を国選の弁護士にも依頼できます。被害弁償といった民事上の争いについても、刑事訴訟手続を利用した和解や刑事裁判の後に簡易迅速に審理される損害賠償命令制度が設けられています。
被害者には、これらの刑事・民事の制度を利用するために訴訟記録を閲覧・謄写して情報を入手することが認められています。
男が実刑判決を受けて刑務所に服役した場合、男が出所する日を検察庁から知らせてもらうこともできます。出所後の男の動静に不安がある場合は、最寄りの警察署に相談してみてください。
もし、検察官が男を不起訴にした場合には、検察審査会に審査申立をすることができますので、その手続きも弁護士や犯罪被害者相談センターに相談してみてください。
なお、刑事裁判に被害者やその家族が参加する手続きについては、個々の弁護士によってその当否を含め意見の違いがありますので、相談する弁護士とコミュニケーションを十分にとるようにしてください。
弁護士 李博盛