掲載日 : [2023-05-10] 照会数 : 1497
ヤン ヨンヒ監督「家族ドキュメンタリー3部作」著作に
[ ヤン ヨンヒ監督=(C)Emi Naito ]
いにしえの交流に想い馳せる
一家離散「北送」へ冷めた視線
愛する家族を離散に追いやった「北送」を冷めた目で描いた在日2世、ヤン ヨンヒ監督の「家族ドキュメンタリー3部作」が新たにデジタル・リマスタリングでよみがえり、20日から東京を皮切りに全国で上映される。公開に先立ってヤン監督が映画に詰め込めなかった「裏話」を書き下ろしエッセイ『カメラを止めて書きます』としてCUONから出版した。愛しき両親へのオマージュともいうべきノンフィクション作品となっている。
後悔初めて口に
両親は「絶対的に北朝鮮を支持してやまない全体主義者」。日当たりのいい寝室に金日成・正日親子の肖像画を掲げていたほど。ヤンさんの兄にあたる3人の息子を71年と72年に北韓に送り出している。当時まだ14歳(中学生)、16歳(高校生)、18歳(大学生)だった。朝鮮総連社会から「栄光の帰国」とほめたたえられ、残った家族は心の中の喪失感を「名誉」で埋めることを強いられた。
一方、ヤンさんは内心、盲目的で偏狭な両親への反発を隠せない。しかし、朝鮮学校で身につけた儒教の教えからも、両親にたてつくのは御法度。ヤンさんは家庭用のビデオカメラを購入し、自らに「観察者」、「インタビューアー」、「監督」という役回りを課したのは95年からだった。こうすることで初めて「家族と向き合うという壮大な課題」を乗り越えることができたと記している。
「ディア・ピョンヤン」は最愛の父親でありながら、どうしても理解しがたかった内心に10年かけて初めてたどりついたヤン監督の原点ともいうべき記念碑的な作品だ。
『ディア・ピョンヤン』
『愛しきソナ』
『スープとイデオロギー』
「3人ぜんぶ行かして後悔している?」。娘の直球どまんなかの質問に父親は「行かさなかったらよかった」と初めて肯定している。ヤンさんが「これで映画になる」と確信した瞬間だった。老境に入った父親に教条主義の仮面はもう必要なかったのかもしれない。父親はこの一週間後、脳梗塞で倒れ、寝たきりに。これが娘と交わした最後の会話となった。
命つないだ食糧
3人のうち高校生と中学生の兄2人が自ら「帰国」の決意をしたのに対し、朝鮮大学校に在籍していた長兄は、日本で両親と一緒に暮らすつもりだった。ところが72年初頭、金日成の還暦を祝う「人間プレゼント」として朝鮮大学から選抜され、北送を命じられた。
2人の子供が「北送」された身。両親は長男だけでも側に置かせてほしいと嘆願した。長男は総連大阪本部の重鎮たる父親に迷惑をかけまいと、自ら北にわたる決心をした。この長兄は北韓で精神を病み、亡くなった。ヤン監督によれば「『息子たちをすべて捧げて忠誠の見本を示せ』と迫った総連中央の幹部は自分の息子だけは帰国させなかったらしい」。
北韓ではまじめに働いても給与だけで生活するのは絶対に不可能だ。国から与えられる食糧配給でお腹を満たせるはずもない。こうした現実は80年代、家族訪問団の一員として北韓を訪れることができるようになってから母親にも分かってきた。
三兄から送られてきた手紙には自身の白黒写真が添えられていた。ヤンさんは「とてもやせ細った少年」のような姿を確認した。母親は信じられないという面持ちで嗚咽しながら、場で写真を破ってしまったという。
母親が息子たちに贈る小包には学用品の代わりに「サッポロ一番」などの食べ物の占める割合が大きくなっていった。ピョンヤンにいる息子たちや孫たちに重量限度いっぱいに荷物を詰める母親のけなげな姿は映画「ディア・ピョンヤン」のなかでも特に印象に残るシーンとされる。「親しかでけへんでー、親しか」という母親のつぶやきは「ディア・ピョンヤン」の名セリフとして知られるようになった。
肖像画下ろす日
「愛しきソナ」はピョンヤンで生まれた当時3歳の姪っ子の成長の記録。ヤン監督が両親への癒しのプレゼントとしてカメラを回した。
「スープとイデオロギー」は、入院中の病室のベッドに横たわった母が解放直後の済州四・三の体験を語りだす場面から始まる。実は大阪から空襲を避けて15から18歳にかけて済州島で過ごしたことがあり、四・三を生き延びた生存者の一人だった。
20日から東京皮切り全国上映へ
映画のなかで寝室に掲げた金日成・正日親子の肖像画をおろすシーンが出てくる。ヤン監督自らの判断で下ろしたかのように思えるが、実は母親から確かな了解を取っている。アルツハイマーが進んでいたが、この時だけはしっかりして見えたという。「ディア・ピョンヤン」から始まったシリーズ3部作がここで完結したことが分かる印象的なシーンといえよう。
20日から東京のポレポレ東中野を皮切りに全国で上映される。
(2023.5.10民団新聞)