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東北アジアに新変数
一歩踏み込んだ日本
不仲の韓・日、軍事的緊張含みで対立する日・中、すっかり冷却化した北・中。こんな構図の中で韓・中は連携を強め、北・日は急接近している。こうした動きは、時間差をおいて在日同胞社会に確実に影響を及ぼす。
なかでも北・日接触は、韓半島の非核化で結束する韓・米・日とそれに一定の幅で同調する中国に囲まれ、孤立を深めてきた北韓にとって、ようやく確保した期待値の大きい窓口だ。東北アジア力学の新たな変数となり、日本と北韓における朝鮮総連の立場を強める可能性も出てきた。
朴槿恵大統領は習近平国家主席との首脳会談後の記者会見で、「昨年2月に(大統領に)就任してわずか1年余の間に、習主席とは5回会った。会談を重ねるたびに信頼が深まっていることを実感する」と語った。このひと言で、韓中首脳の親密さが示され、逆に、両首脳とはまともな首脳会談がいまだにない安倍晋三首相との疎遠さが際だった。
訪韓に先立って韓国有力各紙に掲載された特別寄稿文で習主席は、「両国は互いに親戚の家を行き来するように、今後も交流を重ねていかねばならない」などと連携強化への思いをつづった。習主席は夫人と副首相クラス3人、閣僚級4人のほか世界的な企業の経営者を含む200人以上の財界人をともなった。中国は今回の訪韓を最高レベルの外交行事に位置づけたと言えよう。
中国最高指導者の国賓訪韓は、江沢民(95年)、胡錦濤(05・08年)に続いて習主席が3人目で、4回目となる。国交正常化から22年になる間、平壌より先にソウルを訪れた国家主席は習氏が初めてだ。中国はすでに、北韓との「血盟」や庇護者たろうとする立場にこだわってはいない。
北韓が昨年末、中国と関係の深い張成沢(党行政部長)を意趣返しするかのように残忍な手法で処刑したこと、昨年の3回目に続く4回目の核実験強行を示唆してきたことなどから、むしろ、密貿易の徹底取り締まりや石油輸出の大幅制限など経済制裁を強めてきたところだ。
対北関係ランク下方修正の中国
中国は北韓との関係を「普通の国」レベルへと下方修正しつつある。現状で金正恩に会っても、意味ある共通認識に到達できる見通しはない。北韓との歴史的つながりよりも韓国の外交戦略上の価値が相対的に浮上している。北韓を差し置いての韓国訪問は、自国の利益の最大化を優先した合理的な選択だ。
一方、日本政府は習主席の訪韓(3、4日)に先立つ1日、北京で北韓当局者と拉致日本人問題などについて協議し、金正恩がトップの国防委員会が直轄する「特別の権限」を持つ「特別調査委員会」が発足したことを評価、4日には日本が独自に加えてきた対北制裁の一部解除を決定した。
調査委は▽拉致被害者▽特定失踪者▽残留日本人及び日本人配偶者▽敗戦前後に死亡した日本人の遺骨など、4つの「分科会」か「調査チーム」を設け、すべての日本人について包括的に調査するという。9万3000人以上の北送者に含まれた1830人の日本人妻も対象になる。
日本は、親密ぶりをアピールする韓・中を横目に、韓・米・中が手詰まりに陥っている北韓問題の一角に独自のスタンスで切り込んだ。
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光復独立と抗日勝利
「歴史共闘」には限界…対中協力は北核・経済柱に
韓・中首脳会談は▽北韓の核・ミサイル開発▽FTA(自由貿易協定)締結など両国経済関係▽日本との関係の3分野で協力強化を確認した。だが、韓国は米・日と、中国は北韓との関係から自由だったわけではない。
名実ともに進展があったのは経済面だ。FTA交渉の年内妥結をめざすとしたほか、ウォンと元の通貨直接取引を開始することにした。両国の貿易・投資関係はいっそう緊密化する展望だ。韓・日・中3国のFTA交渉はこう着状態にあり、韓・中が先行すれば日本は穏やかではいられない。
地域の平和繁栄3国の協力重要
共同声明は、韓半島の非核化に向け北韓に共同対処すべく多くを言及した。ただ、会見で朴大統領が「習主席とは北韓の非核化を必ず実現することと、核実験に決然と反対することで一致した」と述べたのに対し、習主席はこれまでの「関係国の核兵器」から「韓半島の核兵器」へ表現を絞ったものの、「北韓」を名指しすることは今回も避けた。
韓・中首脳は、安倍政権による河野談話の検証、集団的自衛権の行使容認、さらには北・日交渉などを焦点に、対日本関係について時間をかけ、突っ込んだ論議を交わした。両首脳の見解に隔たりは少なく、それぞれについて懸念を共有したと言われる。
共同声明の付属文書は、従軍慰安婦問題について資料収集など協力強化を盛り込んだ。だが、対日関係については想定より抑制的で、文書には韓・中・日3国の協力が東北アジアの平和と繁栄に重要だとする文言も入った。
今回の首脳会談で歴史問題を扱うことに積極的だったのは中国側だ。韓国が当初の慎重姿勢を転換したのは、日本政府が河野談話の検証結果を公表したことへの反発による。朴大統領は、首脳会談で習主席が「来年は抗日戦争勝利と韓半島解放から70周年」になるとして共同記念行事を提案したのに対し、明確な回答をしていない。
韓国にとって、歴史認識問題で日本に毅然と対処することと、中国との「歴史共闘」は別問題だ。国内に韓・日関係改善を求める声は強い。ちなみに、韓国日報と読売新聞の共同世論調査(5月23〜25日)で、韓日関係を「改善すべき」が韓国で90%、日本83%だった。韓・日の不仲を深刻に心配する米国への配慮とともに、中国との「共闘」が対日政策の手足を縛ることになりかねないとの判断もある。
それ以前に、70周年共同行事そのものに無理が少なくない。中国には大韓民国臨時政府の史跡があるほか、伊藤博文を射殺した独立運動家・安重根の記念館、抗日戦争を展開した光復軍の拠点を示す記念碑などがある。しかし、韓・中が抗日共同戦線を張ったとは言え、韓国の建国勢力が連携したのは中国共産党によって敗走した国民党政府である。
共同行事を提案した習主席の意識に北韓はどう位置づけられているのか。韓国は親米派に衣替えした親日の反民族・反統一勢力の国であり、自分たちこそ抗日独立の民族自主・統一勢力と自負するのが北韓だ。共同行事の趣旨は、その虚構を最大の権力基盤とする北韓を切り捨てることになる。
韓半島南北間だけでなく韓国、中国内の歴史葛藤を加熱させ、北韓に付け入るすきを与えることにしかなるまい。
習主席の今回の訪韓は、中国が北韓を放棄し、韓国との関係を中心に韓半島問題に対処することを意味するわけではない。韓国も歴史認識問題で中国と「共闘」あるいは歩調を合わせることには慎重姿勢を堅持した。韓国にとっての対中連携強化は、経済関係のいっそうの充実と北韓問題の解決に眼目があり、日本に対抗する手段にしたいわけではない。
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リスキーな"拉致カード"
挑発封印どうする!?
韓・中関係と、両国の対日関係はある程度見通せるのに比べ、予断を許さないのが北・日交渉の成り行きだ。韓・中連携に対する北韓、日本なりの牽制意図も作用していよう。それにしても両国は、かなりリスキーなカードを切った。
北韓の党機関紙「労働新聞」は6日、金日成が総連同胞にかけた情愛の深さを示すエピソードを盛り込んだ記事を掲載、孫の金正恩もその思いを引き継いでおり、「在日同胞に対する熱い愛と恩情は今も変わることなく続いている」と強調した。制裁解除によって総連幹部らの人的往来と資金の搬出が大幅に緩和されたことを受け、総連との「連帯」に期待をふくらませている。
まず、総連中央本部の土地・建物の売却問題がある。総連はこのほど、最高裁が売却許可決定の効力を一時停止する条件としていた供託金1億円を、東京法務局に納付した。最高裁が売却許可の可否などについて判断を下すまで、売却手続は停止する。北韓は総連への「情愛」のためにも対日交渉において売却阻止を最優先するだろう。
与えるだけでは〞しっぺ返し〟も
だが、日本にとって拉致被害者の救済が急務であるとはいえ、司法判断がそれに左右されるようでは内外の信用を失う。自国民の人道問題解決と北韓の核・ミサイル問題における緊密な国際協調の維持とは決して矛盾しない。ただし日本は、被害者家族と韓・米など国際的な協調の枠組み双方に責任を果たす形で北韓に臨まねばならない。与えるものと得るものとのバランスによっては、手ひどい打撃を受ける。
北韓にしても対日交渉を成功させ、実利を獲得するのは生易しいことではない。日本人について包括的に調査すると言いながらその実、少なくとも日本側があげる拉致被害者全員と特定失踪者の相当数について実態は把握済みと見られている。それでも、どれほどの「果実」を日本に差し出すのか、体制保持との絡みで難しい選択を迫られていよう。過去の例からして、調査委メンバーには粛清の恐怖も付きまとう。
もう一つ、国際社会が厳しい目を注ぐのが北・日交渉による北韓の核・ミサイル開発への影響だ。1日の北・日協議で日本側は、この間の弾道ミサイル発射について「国連安全保障理事会の決議、平壌宣言の趣旨と相いれない。二度と繰り返さないよう強く求める」と報道陣の前で抗議した。北韓側は「安保理決議を全面排撃するという立場は何回も表明してきた」といなしている。
日本の抗議は、拉致問題を優先させ核・ミサイルを後回しにするのではないか、という国際社会の懸念を払拭しようとする形式的なものだった。いつまでもその程度で済ますことはできない。北韓は核・ミサイル能力向上への野心を捨ててはいないからだ。日本の足下を確かめようとするだろう。
北韓が4回目の核実験を強行するか、あるいは、延坪島砲撃事件のような韓国に対する軍事挑発に出た場合、日本はどうするのか。北韓は対日交渉が続く間に、米国を苛立たせ、韓・日をいっそう離間させる術策を弄する可能性は高い。日本は「それでも、だからこそ対話が必要だ」とは言っていられなくなろう。
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踏ん張り時の韓国
南北の平和・統一こそ優先…例外のない対話を
伝統的な韓・米・日の結束に、韓・日の不仲によってすきま風が入り、韓・中の親密化と北・日の急接近が米国の懸念を募らせている。一方では、日本の集団的自衛権容認とそれへの米国の支持が韓・中の神経を尖らせてもいる。韓・米・日3国の結束が緩めば、東北アジアとその周辺情勢を不確かなものにせずにはおかない。
韓国を巻き込みかねない東アジア最大の矛盾は、市場・資源・海洋進出路の確保に執念を燃やす中国と、これを中国による既存秩序の覇権主義的な改編ととらえ、その阻止に懸命な米・日の安全保障をめぐる角逐にある。
これは米・日と中国の国家戦略の根幹に関わる事案だ。ここにはフィリピン、ベトナムも連動するほかなく、場合によっては台湾、香港も引きずり込まれかねない。その深刻さは、韓・日の島嶼領有や歴史認識に端を発したあつれき、韓・中の海上中間線をめぐるせめぎ合いの比ではない。
韓国は核・ミサイル開発に余念のない北韓との対立、歴史認識や領土をめぐる日本との摩擦、中国が見せる経済発展力と一党支配体制のかげり、米国の軍事力とアジア関与能力の減衰傾向など、いくつものリスクをかかえている。
最も危険度が高いのは、北韓の核・ミサイルと無謀な軍事挑発をいとわない独裁体制だ。この脅威を取り除くことが優先課題である。しかも、韓半島を非核化して平和を定着させ、統一を実現することは、米・日・中3国のいずれの利益にも大いに貢献する。
韓日の情報共有 対北交渉で緊要
韓国はこの課題に、米・日・中の力量を引き込むべきだ。韓国にとって緊要なのは、韓米同盟を堅固に維持しながら、経済・北韓問題をメーンに中国との関係を深化させ、日本との関係を修復することにある。日本が対北交渉で見せるリアリズムを注視したい。韓国の利益につながる可能性があり、これを確かなものにするためにも、情報を共有する必要がある。
ミャンマーで8月上旬に東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会議、11月には東アジアサミットがある。また11月には北京で、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が予定されている。
日本はARFに合わせて北韓との外相会談を模索しており、北京では日中首脳会談の実現を追求しているという。これら外交舞台で、韓・米・日や米国が思惑を交錯させつつ首脳・外相会談のセットに力を入れるだろう。域内諸国の相互信頼を築く「東北アジア平和協力」、対話や人道支援を通じて北韓との信頼関係構築をめざす「韓半島信頼プロセス」の構想を掲げる韓国こそ、例外をつくらず多角的な対話に踏み出すべきだ。
(2014.7.9 民団新聞)