酒井充子監督のドキュメンタリー映画「ふたつの祖国、ひとつの愛‐イ・ジュンソプの妻‐」(配給=太秦)は、植民地時代に韓国の国民的画家、イ・ジュンソプ(李仲燮、1916〜56年)と出会い結ばれた日本人妻、山本方子さん(93、東京都在住、韓国名李南徳)の愛を描いた物語。仲燮亡き後、洋裁の技術を活かし、2人の息子を育てた。現在、次男家族と暮らす。2013年5月から今年1月まで、方子さんと共に過ごした酒井監督は何を感じたのだろうか。
民族も時代も超えられる
生き様に歴史見た
−−作品を手がけたきっかけは。
もともと日韓合作で李仲燮さんの映画を作ろうという企画が数年前からあったそうです。企画がなかなか前に進まない中、今できることからということで、ご健在である山本方子さんのドキュメンタリーをということから昨年の春、私にお声がけいただいてすぐ、5月に方子さんと一緒にソウルロケに行きました。
−−仲燮さんの存在を初めて知ったのは。
全く、知りませんでした。隣の国でこれだけ有名な方を知らないというのは、自分でもびっくりしました。
実は、仲燮さんのことを知る前に、方子さんにお会いするのと並行して、資料として手紙のコピーを読ませていただきました。写真で見る格好いい仲燮さんとあの手紙がすごくギャップがあって、可愛らしい男性だなって思ったんです。方子さんは気高くて芯の強い人ですけど。
−−酒井監督のこれまでの台湾関連の作品も植民地時代を背景にしていますが、制作する過程で、植民地時代に生きた韓国人に対する思いはあったのですか。
デビュー作の「台湾人生」が完成し、上映をしていく中で、観た方から「かつての日本の統治に対する評価というのが、台湾と朝鮮半島では180度違うのではないか、それはどうしてだと思いますか」という質問を実はたくさんいただきました。
台湾のことだけでは当時の日本の姿というのは、見えてこないんじゃないかという思いはありましたし、朝鮮半島を自分なりにきちんと知るといういうことも大事になっていくなと考えていました。今回の映画は、私にとってはいいチャンスをいただいたと思いました。
ただ、この映画を撮るに当たって、山本方子という一人の女性の人生の中から何が見えるかということに重きを置きたいと思いました。もちろん方子さんの人生をたどっていくと植民地時代があったりとかは分かってくるので、日本と韓国の歴史的なことまで見られたらいいなという思いで作りました。
−−過去の歴史を知らない若い人が増えています。酒井監督はどう考えますか。
私たちは今の時代を生きていますが、それは過去があっての今です。その過去に生きた人の人生の延長線上に私たちは生きているんじゃないかなって思うんですね。日本は朝鮮半島を統治していましたし、日本人として生きなければならない人たちがいました。
今回の映画にも日本語がぺらぺらのおじいさん2人が登場しているけど、日本は日本語教育も含めて徹底的にやったんですね。日本人の一人として、その時代をきちんと見ることはとても大事だと思います。
−−もっとも描きたかったものは。
「愛ってすごいぜ」っていうことです。時代がどうあれ、国がどうあれ、民族がどうあれ、信じたい人は信じて、愛したい人を愛するというのはいちばん大切なことなんじゃないかって思います。方子さんと仲燮さんは、そのことを軽々やってのけた人たちだったのです。
最後の台詞は「あなた一筋」
−−方子さんのことを、どう見てきましたか。
方子さんは、「あの時代は自分たちだけが大変だった訳ではないのよ」と、恨みがましいことも、時代に対する愚痴めいたこともおっしゃらない。私は、方子さんが93年間、生きてこられた中でいろいろなものを封じ込めてきた人だったと思うけど、年を取るにつれてそれを全部、そぎ落としていったんじゃないかなって思いました。
方子さんは自分のことを積極的にお話される方ではないんです。何か仲燮さんに対する思いを言ってほしいとずっと思いながら取材していましたが、今年1月に行った最後のインタビューで「あなた一筋」という言葉をおっしゃった。これを最後の台詞にしました。
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「ふたつの祖国、ひとつの愛‐イ・ジュンソプの妻‐」は13日から、東京・中野区のポレポレ東中野ほかで順次全国公開される。
(2014.12.10 民団新聞)